2009年総括+アップルのタブレットに望むもの

2009年、大晦日です。

2009年、私のブログ&ツイッター元年。そして、アップル信者宣言。

偶然にも、私の人生の転機とかさなることとなりました。これも、ブログやツイッターを通じて出会った方々のチカラによるものかもしれないと思います。2010年もがんばりますっ。

ところで出るのかどうかで話題騒然のアップルのタブレットですが、タブレット機については、MacBook Airに出会う前、ThinkPad X61、LOOX-P、LOOX-Uといくつか試しました。電磁誘導式にしろ感圧式にしろ、ディスプレイをスタイラスなり指なりでタッチできる、というのは確かに便利ではありますが、これが「自然な」ヒューマンインターフェースなのか、と問うときに、疑問符がつきました。

アップルがタブレットをもし出すならばですよ、このあたりの問題を完全にクリアしておいていただきたい。

われわれにはすでにiPhoneがあります。究極の”なめらかな”操作性を、このすばらしいモバイルデバイスはすでに実現しています。タブレットが出るならば、少なくともiPhoneと同等かそれ以上の操作性を備えていることを期待するのは、ユーザーとしては当然のことでしょう。そしてそのような操作性を備えたiPhoneより大きいマシンが登場するなら、これによって何ができるのか、という、誰が見ても納得する提案がされることでしょう。こうした要望に沿わないタブレットなら、要らない。

信者宣言したばっかりの私が偉そうに言っていますが、信者だからこそアップルに対する要求も厳しくなるのかな、と思います。

というわけで今年最後のエントリは、アップルに対する要望を以て締めます。

でも、先日相互リンクいただいたApple-Styleさんがイメージされてるマシンのようなものが実際に出てきたら、即ポチかもしれません。やっぱりフェチかも(笑)

Novatel MiFi でアメリカでもワイヤレス?

今年はよく風邪をひきます。家族全員やられてしまったので、今日実家に帰る予定でしたが、明日まで様子をみようということになって、今日は寝ます。

そんな状況においても、私の家の周辺には物欲大将軍がしばらく滞在していらっしゃるようです。

前回、HyperMacの外付けバッテリをポチったことを報告しました。(発送したとの連絡があったので、あと数日で到着することでしょう)

先日、NovatelのMiFiをポチりました。(写真は黒ですが注文したのは白です)

今回の渡米では、短期滞在ながらネットに常時接続できるような環境の構築に挑戦してみようと思ってます。それもなるべく安価に。アメリカではVerizon(Novatel MiFi 2200)、T-Mobile、それにAT&T(ともにNovatel MiFi 2372)が、日本のWillcom(どこでもwifi)やE-Mobile(ポケットwifi)と同様のサービスを今年から始めたようです。

アメリカでの短期滞在で通話環境を作る場合、日本から持ち出した携帯の国際ローミング機能を使うか、せいぜいプリペイド携帯を買って使うか、というのが、最も現実的な方法だと思います。データ通信についてはホテルでできればいい、と。これまであまり真剣に考えたことがなかったのですが、せっかくMacの環境構築に真剣に取り組み始めていることもありますし、ヒトバシラーになることも辞さないつもりでいろいろと試してみようと思います。

というわけで、ダメもとで、アメリカでもどこでも無線LAN環境を作れるかもしれない微かな期待を込めてNovatel のMiFi 2352を持って行こうと思っています。こちらから購入しました。ポケットwi-fiもSIMフリーみたいですし、S11HTに買い増しすることも考えましたが、結局MiFiを試してみることに。私が調べた限りではどうやらAT&T の 1900 MHz 周波数帯が利用できる模様。ならば、現地のAT&TでSIMつきプリペケータイを買えば、ひょっとしたらなんとかなるのではないか、という、結構えーかげんな(文系脳の)発想なので、やっぱり無理、という可能性ももちろんあります。でもそこはぬかりなく日本国内で継続的に使うことを念頭に置いていますので、全く無駄な買い物にはならないはずです。

北米の携帯ショップって代理店が多いと思うんですけど、店によって値段が(異常なぐらいに)まちまちだったり、説明がまちまちだったりで、かなり勉強しておかないと、特にお上りさんや観光客を相手にするようなモールの店に行ったりすると結構損したりする場合もありますよね。以前長期滞在で携帯を買ったときは、販売店によって助けられたり損させられたりでいろいろありました。足元見られないようにいまからしっかり調べていきます。

今回MiFiの購入についてはHyperMacのことを調べていたときに、英国のモバイラーの方のこの画像と出くわしたのが運の尽きでした。ともあれ、このあたり日本以外での携帯できるwi-fi事情にお詳しい方、是非情報提供いただければうれしいです。よろしくお願いします。

しかし。今回の出張は短期間のわりにやること多すぎて、すべてのタスクをこなせないような気がしてきました。

<本日の一曲:グールド/ワーグナー「ニュルンベルクのマイスタージンガー」>

初めてこの曲を聴いたときは結構衝撃を受けました。20代前半だったと思いますが。当時は、ピアノという楽器の可能性を最大限に引き出すグールドの演奏にただただ聞き入っていました。今思うと、多重録音というアプローチは、クラシックの演奏家にしてみればやっぱり禁じ手に近いものだったでしょうし、枠にとらわれないロックなグールドの天才ぶりが存分に発揮されている曲なんでしょうね。天才だからこそ許される・・・。天才ってやっぱり天才なんですね。

Macの外付けバッテリの選択肢って

信者宣言した途端、いろんなものが吹っ切れたかのように、すべてをMac中心に考えている自分がいます。

先日も、MacWorld Expo 2010への参加(?)を表明しました。で、全行程1週間以上の出張ということになると、もちろんMacBook Airは持っていくわけですけど、バッテリーの貧弱さを補わないといけない。というわけで現在Macで唯一「使える」外付けバッテリとして入手できる(と思われる)HyperMacをポチりました。大きさが4段階ありますが、下から2番目のMBP-100です。遅くとも来年早々には届くでしょうから、いずれレポートします。

それと目下の関心は、1月に行われると報道があったアップルのイベントで、タブレットが出るかどうかということになるわけです。私のウェブの師匠Marrさんこの件について本質をついた分析をしていらっしゃいます。私としては、2008年のMacBook Proの筐体変更から、コンシューマー向けのハードに関してラディカルなデザイン変更や新しいコンセプトの創出をアップルが実質的に行っていないことが気になっています。もちろん、iMac(27インチが出ましたが、サイズが大きくなっただけ[とはいえ、27インチiMacは目下私的に最も欲しいMacですが])、MacBook(どちらかというとマイナーチェンジのイメージが私にはあります)、iPod、Magic Mouseなど、意匠の変更、追加はありますけれど。来年あたりはひとつ、大きな価値創出をぶちあげてほしい、という「願望」とともに、タブレットの登場をちょっと期待してみたい。

その場合、Kindleは競合するデバイスになってしまうのか。私的には、少なくとも当面はそうはならない、と思います。

何故か?

そのあたりはまた改めて。

あ、それとMarrさん、まだまだ未熟な拙ブログをリンクしていただき、本当にありがとうございます。まだまだMarrさんに学ぶところがたくさんあって(特にツイッターは私にはまだ難易度が高すぎて、しばらくは沈潜してしまうかもしれませんが、ゆっくりといきます)、それに、ブログ、もう無理かも、と思ったときも、Marrさんに助けられて続けられている気がします。この場を借りてお礼を申し上げます。あまり煩わしい弟子にはなりたくないんですけど、まだしばらくは面倒みてくださいね(笑)。いつ独り立ちできるかわかりませんが(笑)。いずれ私自身のネットワークもどんどん広げていけるように頑張ります。

というわけで、いつも鋭い視点と重厚な分析で、切れ味+和み+為になる(もっとありますが)MarrさんのThe Air of Marr’s Blog、今後ともご贔屓に。

MacWorld、行ってきます!

行きたい、と宣っていたMacWorld、とりあえずチケットだけは取ったと報告しました。

その後、2月の11日と12日にともかくサンフランシスコに居る、という状況だけは確保できたので、とりあえず、行ってきまーす!

ただ、本来の目的はニューヨークでの取材ですし、サンフランシスコでも取材すべきことがいくつかあって、どのくらい会場のMoscone Centerに足を運べるかわからないのですが、ともかく雰囲気だけでも感じられれば、と思っています。できればデビッド・ポーグ、レオ・ラポートのプレゼンも観たい。

先日、アップルがサンフランシスコでイベントを開くと報じられていました。1月26日ですね。それを受けてのMacWorldですので、何かおもしろいことがあるといいな、と思っています。

Apple不在のMacWorldということで、存続自体を危ぶむ声もありますが、盛り上がり具合がどうなのか直に見てこようと思います。レポート(できると思うので)、ちょこっと期待していてください。

Happy Holidays! + 映画『スモーク』

いやークリスマスですねー。

私は未だ『受難曲』が沁みる心境でございますが、なるもんはなるようにしかならん、ということで、とりあえず今日は切り上げ、明日できることは明日やります。

先日、クリスマスと言えばこの映画があったな、と思い出し、ひさびさに『スモーク』を観ました。

ニューヨークはブルックリンのタバコ屋が舞台で、5人の登場人物たちを中心に様々な人びとの人生が交錯する物語です。映画の最後、ハーヴェイ・カイテル演じるタバコ屋の店主オーギーが、かなりの長回しで一気に語る「オーギー・レンのクリスマスストーリー」。そこはかとなく、でもとても大事なことを語っている、とでも言いましょうか。淡いくせに、映画全体をビシッとまとめる感じです。渋めのクリスマスの物語をお探しの方にはおすすめです。

<本日の一曲:Tom Waits, “Innocent When You Dream”> オーギーの独り語りが終わって、その物語を確認するかのようにオーギーとおばあさんのふたりだけのクリスマスの映像が映画をしめくくります。そのバックに流れるのが “Innocent When You Dream” です。孤高の酔いどれ詩人という形容がぴったりな、「ど」しゃがれ声のトム・ウェイツの良がわかると大人、というのが、トム・ウェイツの曲(というか彼のひととなり)に対する私の勝手なイメージです。んでも、ピアノの弾き語りとか、他が絶対まねできない渋さがあるんですよね。いや渋いです。ベタですがバーボンとか似合います。

「5パーセント」ふたたび

前回のAVATARに関するエントリについてのつづき。

ああ、また「オリジナリティ」なんていうロマンティシズムにとらわれてしまっていました。

以前、これに関連したことを書いていたのを忘れていました。坂本龍一氏の「5パーセント」論です。主旨は、世の中の音楽の95パーセントは伝統に基づいていて、本当にオリジナルなものはせいぜい5パーセントくらい、自分(教授)はその5パーセントのほうに興味がある、ということだと思います。ポピュラリティがあればあるほど、過去の伝統に依存する度合いが高くなるのは当然のことだし、「売る」ためには過去の成功例を積極的に取り込むのは、商売人としてはあったりまえのことです。こうした議論において微妙な線上にある表象を映画内に持ち込んでいるキャメロンのやり方というのは、私のように騒ぐ奴がいればいるほど成功と言える戦略なわけで、私はみごとに「釣られた」わけです。

やっぱり、お金を儲けられるかどうかって、メンタリティに負うところがおおきいのかな、と思う今この時間なわけです。

<本日の一曲:ゲルギエフ+キーロフ+ロッテルダム/ショスタコーヴィッチ『交響曲第7番 レニングラード』> 前回は体調不良で音楽を聴く余裕がありませんでした。本日もイマイチです。でもこういう、ちょっとささくれ立っている気分のときには第一楽章の「いつまで続くの?」スネアドラムとその顛末がむしろ安定剤のように作用することに気づきました。

想像は想像を模倣する(いやパクリとかいうんじゃなく・・・)

AVATARつづきです。

つい最近になってトレーラーを見たのですが、見た瞬間に思い出したのが、プログレの雄「イエス」 のジャケ絵で有名なロジャー・ディーンの世界観です。公式サイトのギャラリーにAVATARからのカットがいくつかありますが、

←これって、これ→

に似てると思うのは私だけでしょうか。

左がAVATARからのカットで右はロジャー・ディーンによるユーライアヒープのアルバムのジャケ絵です。確かに浮いてる石の数が違うし、木の生い茂りかたとかは全然違いますが、私に言わせれば、世界観の一部がいわゆるパクリ(笑)によって成り立っているようにも見えます。もちろん芸術にしろエンターテインメントにしろ、ある作家の想像物はその作家が無から生み出したものではないはずで、その作家が蓄積してきたものが直接的にあるいは間接的に表れてくるもので、それがたまたま似ていてるだけ、という場合も、そりゃああると思います。いちいち言ってたらエンタメ産業成り立たねーよ、音楽とかもっとだよ、と。

ごもっとも。

ただ、特にキャメロンのようなメガヒット映画を連発させる映画監督がこういう感じのことをやるってのは、すんごい微妙な感じがします。同人じゃないんですから(だったら許されるというものでもないでしょうけど)。それに、力があればパクリも許される、みたいなことになると、根がナイーブな(笑)私としては、ちょっとどうだろ、と思うわけです。もちろん私がここでAVATARのトレーラーを見なければイエスやユーライアヒープのことを思い出すことすらなかったわけですから、単純に元ネタが搾取されているばかりではない、とも言えますが、ディーンの絵って非常に印象的で記憶にとどめている人は多いと思うんですよね。

キャメロンのディーンに対するリスペクトのしるしであるならば、どこかで明言しておいてほしいものです。どこかでキャメロンがこのあたりについて言及している、というのを見つけた方はぜひお知らせいただければありがたいデス。

映画観る前からこの興奮状態。・・・私の場合に限っては、映画にあまり期待しない方がいいですね。

<追記>

やっぱり同様の印象を持っている人は多いようです。”cameron, avatar, roger dean”あたりで検索するとここをはじめとしてたくさんコメントが見つかりました。まあ、ロジャー・ディーンの絵の中には東洋の絵画(浮世絵とか山水画)の影響を受けているのが明らかにわかるようなもの(右)もありますし、「パクり」問題というのは程度の問題になるのだろうな、というような気がします。あとパロディとか風刺の概念が入ってくると、さらに複雑ですし。創作って、結構ギリギリなんでしょうね。そのあたりのさじ加減が。鑑賞する側の知識とか感性とかにもかかわるだろうし、鑑賞する側がクリエイターかそうでないかで、寛容さの度合いも違いがあるでしょうし。物書きが商売なら引用だってそうです。・・・若干自分の身にふりかからないでもない事態になりそうなので、この件についてはあまり言わないことにします(汗笑)。

“AVATAR = iPhone” それとも “AVATAR ≠ iPhone” ?

ジェームズ・キャメロンの新作、AVATARが話題です。

日本では23日から公開ですが、アメリカでは18日から公開されていて、いろいろとレポートが出てきています。New York Timesは A New Eden, Both Cosmic and Cinematicというタイトルの記事で “Created to conquer hearts, minds, history books and box-office records, the movie … is glorious and goofy and blissfully deranged.” と、ちょっとニュートラルな感じから始めていますが、最終的には「子どもだったから当たり前だけど、映画が人生より大きかった頃のことを思い出させてくれる」と、映画の醍醐味が味わえる作品だと言ってます。ただ、”He hasn’t changed cinema, but with blue people and pink blooms he has confirmed its wonder.”と締めくくっているのは、WIREDの記事 James Cameron’s New 3-D Epic Could Change Film Forever を承けているのか、手放しの賞賛はしないよ、という含みかもしれません。

TechCrunchは大絶賛です。まだ公開されてから36時間だけど、3時間近いこの映画をすでに2回見て今週末にはまた見に行く、と微笑ましいぐらいの入れ込みようです。ストーリーはさておき特殊効果がすごい、90年代(ジュラシック・パークのような)の特殊効果は「笑えるぐらい」時代遅れのものになった、とまで言います。

それより気になったのは、この記事のタイトル Avatar Is Like The iPhone Of Movies で、もちろん主旨はiPhoneがモバイル産業を変えたのと同じぐらいこの映画が映画産業を変えるだろう、ということなのでしょう。おもしろいことにニューヨークタイムズの記事でもiPhoneに言及しているのですが、こちらでは「人生より大きかった」子どもの頃の映画と、大人になった今の日常を規定するiPhoneという小さなデバイスを比較しているわけです。

ふーん。

映画(=AVATAR)とモバイルデバイス(=iPhone)というそれぞれの業界において技術の最先端を行くという意味では、比較の対象になっておかしくはありませんが、見方が違うと比較のされ方も全く違うというのは面白いものです。というか、映画にせよ何にせよ、メディアとしての影響力、あるいは最先端の技術を語る場合、iPhoneを持ち出すことでなんとなく雰囲気がつかめるぐらいに、一般的にも認知されているし、それを使っている人(私も含めて)もなんとなくわかってしまう、ということでしょ?  iPhone というデバイスの存在感の凄さを、ニューヨークタイムズとTechCrunchの記事を読んで改めて感じてしまいました。

しかし、批評だけ読んで済ますのももったいないので、病み上がりの私ですが、来週早々には見に行きたいと思ってます。私的には3D的なものとしてはもう何年前だろ、「ベオウルフ」以来ですから。少し楽しみ。

Kindleのサミアのシビラ

Kindleは電源をオフにして待ち受け状態にしてもずっと絵が表示されています。買ったばかりの頃は、常に画面に何かが表示されている、という状態が奇妙でもあり驚きでもあり、これが電子インクなのね、と新鮮な感覚を持っていました。

その絵ですが、作家の肖像には名前が添えられているのですが、数枚、何の絵なのかわからないものがありました。

なかでもこれ →

は、なんなのか全くわからなかったので調べました。(あ、右の絵はカラーですのでもちろんKindleに表示されるものではなく、オークションのChristieのウェブカタログにあったサムネイルです。最近取引されたんでしょうか)

どうも作者不詳のようで、17世紀のイタリア画家 Domenichino か Guercino の作風にならって誰かが書いた絵だとのこと。で、手の下にある書物に “Sybilla Samia”という文字がなんとか読める。そういえば、最近古楽にはまったときにまとめて買った曲の中にあったんじゃないかと思って調べたら、ありました。Hillard EnsembleによるLassusというアルバムにSybilla Persicaから始まってSybilla Agrippaまで “Sybilla” とついた曲が12曲。Lassusとはこれらの曲の作者の名前ですが、このなかにSybilla Samiaという曲もありました。「シビラ」は古代ギリシャでアポロンの神託を受ける女性の予言者のことで、特にサミアのシビラは、キリストが厩で生まれることを予言した、ということです。

ほほー。やっぱり Kindle に付与されようとしている意味は、かなり壮大なもののようですね。勉強になりました。

それにしても、自分が関心を持つもののなかに関連性があることを「偶然」見つけたときって、ちょっとぞくぞくしますね。こういうのもセレンディピティなんでしょうか。

<本日の一曲:Sybilla Samia/Hillard Ensemble> せっかくブログで取り上げましたので今日はこれで。この曲が収められている Prophetiae Sibyllarum という曲集は1560年代にラッススによって作曲されたもののようですが、近代の音楽の作法が確立される以前の曲。どことなく落ち着かないようでいて、でも新鮮な気持ちよさを感じるんですけど、皆様はいかがでしょう。私的には最近ヘビーローテーションです。

MacWorld Expo 予約券ゲット(前のめり)

2月にニューヨークに行く用事ができたので、これにかこつけて2010年のMacWorld Expo に行きたい、けど97%無理、と言いましたが、それが55%ぐらいにまでなったので、おもわず予約券を押さえてしまいました。

どのみち行けるのは11日と12日のメイン講演だけですし、そもそもが文化系でコンセプト攻めのアップル信者な私なので、テクニカルなワークショップとかに参加できるはずもありませんので、会場に入って講演だけを聴くことのできる、参加費用が一番安い予約券をひとまずはゲットしました。それと、サンフランシスコに行くのであれば是非訪れてみたいところもあります。

スケジューリングがまだ進行中ですので、参加できるかどうかもまだまだわからない状態ですが、せっかく予約しましたので、25ドルとはいえ貴重ですので、行けるようがんばります。というか、がんばれるために買いました。

今後の展開、乞うご期待(?)。

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