「頼むからまだiPadを買わないで」
02/23/2010 2件のコメント
まもなくアメリカで注文可能になりそうなiPadですが、学生さん向けにこんなメッセージを発している方がいました。
Don’t get an iPad. Please.(頼むからまだiPadは買うな)
なんだろうと思いましたが、要するに、まだiPadは(Kindleも)「テキストとしては使えない」ということのようです。デバイスとして使える部分もあるけど、読む行為のすべてをこれでまかなうことはできない、と。
基本的にこの意見には同意する部分もある。私自身、紙の本を読む時、これは癖なのかもわからないのですが、ムチャクチャな読み方をします。いつもというわけではありませんが、これは速読しようと決めた本については、ページをめくるスピードがすごく速くなります。私はKindleを持っていますが、Kindleは基本的にブックリーダーとしては秀逸なものだと思っているのですが、唯一の不満がページをめくるときのまどろっこしさです。本気モードで速読する時のスピードには明らかについていっていません。で、速読するときって、ページの前後の移動をかなり頻繁にします。それも、読書時の記憶って、例えば左手の親指と他の指で挟んでいる開いた本のページの厚さだとか、何回ぐらいめくったか、とか、つまり本の厚みとか、ページをめくる動作とか、わりと物理的な感覚を頼りにしていることが多いような気がします。
ただ、こうした物理的な感覚は、その人間が長く接しているメディアによって左右されるものであることはわかっているし、iPad的なデバイスで読書を長く続ければ続けるほど、そうした物理的感覚を代替するような感覚や動作が染み付いていく、ということにもなるのだろうな、と思うと、こうしたデバイスに慣れることの意義も、また深いような気がします。
実際、私自身、まだワープロを使っていたときは、一度原稿を手書きして、それを清書するような感覚でワープロにタイプしていました。今、MacBookの前にすわってモノを書いているとき、かつてそんなまどろっこしいことをしていたなんて想像つきません。使えるメディアやデバイスが登場すれば、それに感覚や動作を依存させることで生産性を上げるのが、人間という生き物なのかな、と思ったりもします。
それに以前は「電気がなくなったらそんなものみんな使えなくなるよ」というような一見的を射ているような、それを言う人は決めゼリフだとおもっているのかもしれませんが、そういう文句に、そうかもな、と思ったりもしましたが、そういうのって、電気がなくなったら、あるいは、本気でみんなが省電力のことを死活問題として考えなければならなくなったときに、考えればいいことなんじゃないの?と思ったりもします。今はそういう状況にあるようには私には見えませんが。
つまりは、創造性や生産性が高められるようなデバイスはやはり活用出来るなら活用した方がいい。
学校での使用ケースを考えるならば、クラス活動のなかの何がしかの部分でこうしたデバイスを活用する事自体には意義があると思います。どちらかというと、こういうモノを取り入れる キッカケ(と時間とお金とリテラシー)があれば、積極的に取り入れてはどうか、と思う側にいる人間なのがzackyです。実験することはもちろん大切。何ら かの形でそれは「やらなければならない」とも思う。
私なんかは、紙の本も大事だと思うし、テクノロジーも大事だと思う、やっぱり過渡期を生きている人間なのかな、と、こういう記事を読むとつくづく思います。
でも、実はこの記事を書いたのがZDNetでも一番若いZack Whittakerという英国ケント大学在学中の学生さんだということで、zackyのyを取ったらzackですし(関係ないし)なんか、逆に「お前やるなー」と言ってやりたくなるようなオジサンマインドが出てきたことにすこしゲンナリしてしまいました。
はじめまして。
タイプしたテキストが当たり前になって、価値観が転換しました。手書きの価値が大いに上がりました。タイプで散々推敲を重ねてから大事な手紙を丁寧に手書きします。将来、紙の本は金持ちに珍重されるでしょう。貧乏人にこそ電子ブックを読めと。
Tomoさん
はじめまして。
いずれそういう時代になるんでしょうかねぇ。私にはよくわかりません。水が富の象徴になる、みたいなことを言っている方もいらっしゃいましたし、紙もそうなのかな。私としてはできれば紙媒体もお手軽な手段として残ってほしいです。
でも、大事な手紙を手書きする、という感覚は現時点ですでにありますね。
文房具屋でノートを買う時、日本のノートって欧米のノートに比べてかなり安い気がします。こういうのも関係あるんでしょうか。