iPad? OK, GO!

小ネタです。

iPadのチュートリアルビデオのSafari編を見ていて、例のNew York Timesの奈良遷都1300年祭の記事がまたフィーチャーされているなー、と思っていたところ、あるバンドの記事がiPadの画面上に少しだけ映っているのに気づきました。

このバンド、OK Goという名前で、現在話題騒然です。iPadのビデオでは SPIN の “Of the Blue Colour of the Sky” に関する記事がチラッと見え、すぐにその曲のPVの動画リンクにつなげる、という、iPadの使い方の例として示されています。

私が彼らのすごく面白いPVビデオをTwitterのつぶやきで見つけて感心していたのはそれほど昔のことではないのですが、さすがにアップルも目をつけざるをえなかったのでしょうか。話題になっていたのは “This Too Shall Pass “という曲のビデオ。全編ピタゴラ装置と言っていいと思いますが、最初、ふーんと思って見ていると、とんでもないことになってきて、最後はもう拍手するしかない(笑)。今日現在ではYouTube動画の再生回数がなんと1000万回(!)を超えています。すごい。

アップルファンのzackyとしましても、iPadが “This Too Shall Pass”(これもうまくいくはず)ということで OK, Go! と行ってほしかったりします(笑)。

“This Too Shall Pass” のビデオ、まだご覧になっていないようでしたら、まあ是非一度御覧下さい。見て損はないと思います(笑)。

iPad発送開始+iPadチュートリアル

Mac Rumorsによりますと、初回注文分のiPadの発送が始まったようです。

早く届くといいな、と思いましたが、4月3日に届くようにUPSと申し合わせをしているようで。私のiPadはいつ届くのだろう。待てない・・・

とりあえず奈良・東大寺大仏殿がフィーチャーされまくりのチュートリアルビデオを見て耐える。

田園 Mac(zacky’s alterblog改め)

さて、以前予告申し上げていた通り、ブログのタイトルを新しくしました。
名づけて『田園Mac』、副題 Mac Pastorale(笑)。
新しくした理由は、そうですね、やはりしばらくはしっかりとMacをはじめとしたアップル製品に寄りそいたい、という気持ちがまずあることと、10数年離れていた私の故郷である奈良と私自身の関係をもう一度しっかり確認していきたい、という思いがあること、といったところです。「田園」はたんに私の家が田んぼに囲まれているというだけの理由です(笑)。
予告した記事でも申し上げましたが、私が思うに、Macってカッコいいんですが、なにも都会的に洗練されたシーンに合うからカッコいいというだけではなく、田舎の風景のなかにあっても妙にはまる。これはカッコいいというのかどうかはわかりませんが(笑)。
私が置かれているのは後者の方。つまり田舎な環境でMacやアップル製品を使っているzackyの気づきや思いを、Macとの蜜月(笑)の今、できるかぎりつづっていこうと思っている次第です。
日々の思いなども、以前よりは多めに書いていこうかな、とも思っていて、なおかつ、更新のペースもこれまでよりは落ちるかもしれない(笑)。
ただ、日々せわしなく時間に追われることが多い生活の中で、このブログが私自身にとって特別な空間になるように、そして、このブログを読んでいただいている方にも、何か特別な時間を共有していただけるような、そんなブログにしていきたいな、と思っています。
今後とも、よろしくお願い申し上げます。

オフ会報告

当ブログでも告知いたしておりましたが、3月27日に六本木「豚組 しゃぶ庵」さんで行われました「KindleとAppleの会」、盛会のうちに終了いたしました。
この会は、当ブログ管理人のzackyが日ごろお世話になっておりますThe Art of Marr’s BlogのMarrさんが、Marrさんと私zackyの趣味趣向にご賛同いただける方々にお集まりいただき、美味しい料理を囲んで語らおう、という主旨で企画されました。
当日はもう4月も間近というのに冷たい風が吹きすさんでいましたが大勢の方がお集まりになり、謳い文句の「史上最高の豚しゃぶ」通りめちゃくちゃ美味い豚しゃぶをいただきながら、zacky的にはまこっっとに為になる話をいろいろと伺うことができました。
実は私、そもそもオフ会というものに参加すること自体が初めてでしたので最初はいささか緊張していたのですが、みなさんの非常に広く深い知見に触れていくにつれだんだんと大胆になってお話に加わらせていただくことができたかな、と思っています。いやー、オフ会っていいですねぇ(笑)。また機会があったら参加させていただければと思います。

何を隠そうMarrさんは私のブログとTwitterの師匠で、半年ほど前に右も左もわからずブログを初めて以来、アドバイスをいただいたりして本当にお世話になっています。Marrさんにはこの場を借りて改めてお礼申し上げます。
また、会にご出席になさった皆さま、会の冒頭の自己紹介で申し上げた通り、まだまだ未熟者なので、今後もいろいろとご教示いただければ幸いです。
会がある!というといきになかなかすぐには出向かえないところ(奈良)に住んでいるのですが、機会があればぜひまた参加したいと思っていますので、今後とも皆さまよろしくお願いいたします。

それと、おでこさん。
びっくりしました。
いそがしくて結局桃ラーを買えずじまいで、なんだかなー、と思っていたところ、「しゃぶ庵」で桃ラーを食することができるなんて、思ってもいませんでした。会に参加のみなさんも桃ラーは初めてのご様子でしたので、すごく喜んでおられました。
素敵なサプライズ、ありがとうございました。

というわけで、zacky初めてのオフ会は、とても良い思い出になりました。
Twitterに関しては、まだまだ私は使いこなせておらず、対応が不十分になってしまっているかもしれないので、ご容赦いただければと思います。
改めてMarrさんはじめ、参加された皆さまに御礼申し上げたいとおもいます。ありがとうございました。

しゃぶ庵のおいしいお肉をバックにおでこさんサプライズの桃ラー

iPadがもたらすタッチの悦びと読書行為

うーん。

iPad。

来月上旬にも手元に届けばいいなー、と思っているのですが。

何で日本発売を待たずに予約をしてしまったのか、と、今、考えたりしています。

欲望に忠実に、と言えばそれまでなのかもしれませんが、ともかく、iPadはテクノロジーの歴史において類まれなるUI/UXを備えたデバイスであるiPhoneを大きくした(?)ものなわけで、そのようなデバイスに一刻も早く触れたい、と思うのは、ガジェット好きとしてはたぶん正常な反応かと思われます(笑)。できればアメリカ国内のアップルストアに直接訪れたいものですが(笑)今回はさすがにそれも無理です。

iPhone(たぶんiPadも)のタッチパネルが他社製のものに比べて秀逸であることを実証した実験については以前書きましたが、この実験をしたMOTO.Labさんが、以前は指で実験していたのですが、今度はロボットを使ったより厳密な実験によってiPhoneのタッチパネルの秀逸さを実証しています。(追記:この件についてはすでにMacin’ Blogさんも取り上げてらっしゃいます)

今回の実験では4ミリと7ミリの2種類のロボットの「指」を使っているのですが、4ミリは「非常に軽いタッチ」、7ミリは「中ぐらいの強さのタッチ」にそれぞれ相当する、とみなしています。

で、その結果が下の写真のように現れています。

前回の実験はなんとなくそうなのかも、という感じでしたが、今回は結構説得力あるかな、と。

いろいろと考えられる使い方のなかでもiPadの電子書籍としての位置づけは非常に重要です。電子書籍と紙の本による読書行為について以前少しだけ考察したのですが、電子書籍が紙の本に取って代わるのは、紙の本を読むときに私たちの身体が行っていることを、なんらかの形で埋め合わせることがそのデバイスにできるときなのかもしれない、と思ったりします。上の記事で私はこのように書いていたようです。

私自身、紙の本を読む時、これは癖なのかもわからないのですが、ムチャクチャな読み方をします。いつもというわけではありませんが、これは速読しよ うと決めた本については、ページをめくるスピードがすごく速くなります。私はKindleを持っていますが、Kindleは基本的にブックリーダーとして は秀逸なものだと思っているのですが、唯一の不満がページをめくるときのまどろっこしさです。本気モードで速読する時のスピードには明らかについていって いません。で、速読するときって、ページの前後の移動をかなり頻繁にします。それも、読書時の記憶って、例えば左手の親指と他の指で挟んでいる開いた本の ページの厚さだとか、何回ぐらいめくったか、とか、つまり本の厚みとか、ページをめくる動作とか、わりと物理的な感覚を頼りにしていることが多いような気 がします。

ただ、こうした物理的な感覚は、その人間が長く接しているメディアによって左右されるものであることはわかっているし、iPad的なデバイスで読書 を長く続ければ続けるほど、そうした物理的感覚を代替するような感覚や動作が染み付いていく、ということにもなるのだろうな、と思うと、こうしたデバイス に慣れることの意義も、また深いような気がします。

書いたことを忘れていましたが、ひょっとしたら、やっぱりiPadはそのような電子書籍になりうるのかもしれない、と思ったりしています。悦びすらもたらすiPhoneのタッチスクリーンを4倍したタッチスクリーンを備えているiPadですもの。その悦びも4倍かも(笑)。

アップルがカッコいい理由

先日、アップルがカッコいい、と言ってはみたものの、ほとんど直感的な印象で語っていたので「説得力ないなあ」と私的に思っていたところ、なんとまあすばらしい記事に出くわしました。

1stwebdesigner.comの “60 Apple Inspired Websites – Why Apple Design Works?” という記事で、アップルのウェブデザインがなぜゆえにこうもかっこいいのか、が分析されています。

記事を書いたのはDainis Graverisさん。グラベリスさんはまずアップルのウェブサイトのデザインの特徴を示すのですが、ふだんウェブデザインの特徴など全く気にせず見ている私にはわりと目から鱗な項目がいくつかありました。

・明色基調、微妙なグラディエント

・白色の空白が効果的に使われていること

・クリアーな字体

・製品の美しい写真

・テキストの意味を強調するためにアイコンがよく使われていること

・すっきりとしたグリッドシステム

・はっきりとわかりやすいナヴィゲーション

・製品の特徴をわかりやすくするためにうってつけの写真、ビデオ、字体

・小さい字体も用いられるが読みやすいこと

・特定の場所に注目を引くためのコントラストの使い方

・わかりやすく段階を追った説明とサポート

・No Flash (!) ロードタイムを減らすためのJavascriptの多用

いやあ。なるほど。私のような素人にもわかりやすい。とくにこれ。

白いスペースが効果的に使われている、って、白ってアップルのウェブサイトでは当たり前すぎて、それが効果を持っているなんて、なんというか考えもしなかったのですが、さすがウェブデザインという観点から見ると、極めて強い特徴として浮かび上がるわけですね。勉強になります。

こうした特徴がアップルのカッコいいデザイン性を裏付けるものなわけですが、このアップルのウェブデザインに影響を受けているとグラベリスさんが考える60のウェブサイトが、示されます。まあ、アップル関連の製品を作っているし、特徴がかぶっていて当然かなと思うものもありますが、これ

なんかは私的には、アップルっぽさと自社っぽい特徴がうまく融合されてるかな、と思ったりもします。

OSXを使い始めた頃、アクアな基調と美しい字体の印象が鮮烈で、それだけでMacを使いたい、と思ったことを思い出します。そういえば24日ってOSXが発表された日でしたね。WIREDが This Day In Tech の ‘March 24, 2001: Apple Unleashes Mac OS X‘ という記事でOSXのことを “the beating heart of today’s Macs, iPhones and, soon, the iPad” (MacやiPhoneそしてまもなくiPadの鼓動するハート)って言ってます。

アップルって、カッコいいですね。

iPadがアップルの新たなブランディグのチャンスだ、という記事を読んで、アップルのブランドイメージについて少し考えてみました。

アップルがブランドイメージづくりに長けている企業であることはアップルファンならずとも周知の事実であろうと思います。brandchannel.comによる2009年の調査では「最も革新的で魅惑的な製品のパッケージングのプロデュース」、「最もうまく危機から立ち直った企業」、「最も意欲をかきたてるブランド」の3項目でアップルのイメージはトップでした。2008年には10項目のうちの6つでトップで、他の4項目については3つがネガティブなもの、1つが環境への配慮に関するものなので、brandchannelのbrandijunkie awardの調査に基づくならば、2008年はアップルが良いブランドイメージを実質的に独占した年だと言えます。2008年は MacBook Air が登場した年ですね。この調査は3月末頃に発表されていますので、例年通りだと今年ももうすぐ発表されることでしょう。

私なりに、そのイメージの良さの理由について考えてみたところ、とりあえずふたつ思い当たりました。

① アートな文脈で使われている

② どんな環境にもなじむ

まずは①。

例を挙げればきりがないので直近の経験から思ったこと。

先日のアメリカでのアップル体験についてはこの記事を皮切りにある程度レポートしましたが、実は行き帰りの飛行機内で偶然体験がいくつかあって、そのうちのふたつがアップルに関するものでした。

ひとつは、往路便の機内で読むために持ち込んだウィリアム・ギブスンの Pattern Recognition のストーリーのなかでiBookやG4 Cubeが重要な小道具として使われていたこと。ギブスンはこの作品以前はいわゆるサイバーパンクと呼ばれるSFの作風で書いていたのですが、この作品ではじめて同時代的な設定を取り入れました。そのギブスンの初めての同時代描写においてMacたちが道具として用いられたわけです。G4 Cube、懐かしいですね。

もうひとつは復路便で音楽ビデオを見ていたのですが、そのなかにサカナクションの「アルクアラウンド」があり、その凝った作りに感心していたところ、やはりMacBook Proが登場。40歳台前半のオジサンゴコロもくすぐる音楽に加えてMac好き宣言したての私のマインドにビシッと来ました。

そもそもこの旅は、私がアップルファンを自称して初めての旅で、アップルな事象については極めて敏感になっていました。私がアップルに開眼していなければギブスンの小道具としてのMacもなんとなく素通りしていたかもしれません。

時代の先端を行くアートな人たちはMacを使う。Macを使う理由があるからです。実質的に。

次、②。

Macって、どんな環境にもマッチする。たぶん、Mac自体がモノとして完結しているから、周りの環境との整合性に関与しないんじゃないかな。

オフィス環境にも、日常の風景にも、都会にも田舎にも、どこにあっても違和感がない。

ふだんオフィスの机の上に置かれているMacは、それはそれでやはり意欲を高めてくれたり和ませてくれたりする外観と質感を漂わせているわけですが、家の自室でくつろいだ気持ちでMacに向かっている時にも、ちょうど心地よい、ダレることもなく疲れることもないペースでインスパイアし続けてくれる。

ニューヨークのストアを訪れたとき、5番街やブロードウェイの超近代的な外観の建物や、SOHOや西14番通りの再利用した石とレンガ造りの古めかしい建物のどちらにもフィットして、Macという「オブジェクト」は常にすでにそこにあった、という雰囲気さえ感じさせる、そんな存在感があるなと思いました。

ブロードウェイのストア

ソーホーのストアの窓の外

もっと言うなら、私は最近故郷の奈良の片田舎に引越して来ましたが、古の大和人が愛でたのと同じ風景が広がるこの環境にさえ、Macはマッチする。ただ田んぼが広がってるだけだったりしますが(笑)。

そういうわけで、近々ブログタイトル変更します。その名も

『田園Mac』(!)

乞うご期待(笑)。

iPadの教育機関向け割引プロモーション開始

MacRumorsによりますとiPadの教育機関向け割引販売の概要が告知されたようです。

iPadの10個セットが1バンドルで、小売用の個々の包装箱はないとのこと。1バンドルにつき iPadが10個、付属品としてUSB-to-Dockコネクタケーブルとアダプタ、取説が同梱されています。

気になる割引率ですが、ハードウェアのみの購入で1個につき20ドル、AppleCareと同時購入で1個につき40ドル、それぞれお安くなるということです。

うーん、思ったより割引率低めかな? 元が安いということでしょうか。

ジョブズ、州の臓器法案立法化を支援(動画あり)

引越、体と荷物の移動がとりあえず終了しましたzackyです。これから荷ほどき・・・。

面倒なことは後にして(ウソ)、記事をいろいろとみていたところ、昨日(アメリカ時間だと今日)のジョブズの動く映像が、それも結構長時間ありました。“Apple CEO Steve Jobs joins Schwarzenegger to push organ donor registry”(アップルCEOのスティーブ・ジョブズが臓器提供登録を推進する知事に協力)というSan Jose Mercury Newsの記事です。

カリフォルニアの上院議員が進めている臓器移植に関する法案の立法化に向けた動きをジョブズが支援していて、スタンフォード大学付属の小児病院で行われた記者会見にシュワルツェネガー知事とともに登場しました。この法案は、運転免許を取得あるいは更新する人にDMV(カリフォルニア州自動車局)が臓器提供の意志を尋ね、尋ねられた人がそれにイエス/ノーで答える、というプロセスを盛り込むための法案で、これにより国内で初めて生体臓器登録が可能になり、州内における臓器提供者が倍になるということで成り行きが注目されています。

ご存知の通りジョブズはメンフィスで肝移植の手術を受けましたが、カリフォルニアで手術ができなかったのは、州内で肝移植手術が行える可能性が低く、スタンフォードの主治医にメンフィスでの手術を勧められたからだ、ということです。ただそれを可能にしたのはジョブズの財力でもあります。つまり肝臓が移植可能な4時間の間にひとっ飛びできる手段(自家用ジェット)があればこそ可能だったということ。昨年は臓器提供を受けられずに400人が州内で亡くなったそうですが「私も死んでいたかもしれない」と、自身の幸運に感謝をしていました。だからこそ、可能性を少しでも高めるこの法案の立法化にむけて協力したい、ということのようです。

動画は30分少々ありますが、ジョブズは13分ちょうどぐらいから2分少々スピーチをしています。

Mercuryの記事ではジョブズがフォーカスされていますが、法案自体に興味がある方は知事室のサイトに詳しい内容がありますのでそ ちらをご参照ください。

ブレイさん。本音が出てしまってます。

追記:前タイトル、ハシャギすぎていたので、変えました。

___________

Tim BrayがiPhoneに三行半をたたきつけた件があちこちで取り上げられております。

ブレイのことを知ったのは、先日アップルがHTCを提訴した件についてのJohn Gruberの記事を扱ったときでした。ソフトウェアに関するパテントのあり方についてグルーバーがブレイのエッセイを引用していたのですが、彼もまた重要人物だったのですね。

最近になってGoogleがブレイを雇った、ということなのですが、その理由のひとつが彼の業界内での影響力にある。 Information Week が次のように今回のいきさつを要約しています。

Wasting no time, Google’s latest hire embraced his new role as Android developer advocate by declaring that he hates Apple’s iPhone, even though its hardware and software are “great.”(グーグルに雇われるやいなや、アンドロイド陣営を擁護するという彼の新たな任務を遂行した。彼は、どんなにハードウェアやソフトウェアが「すばらしい」ものであったとしても iPhone が大っきらいだ、と宣言した)

自身のブログで、グーグルに所属したその朝、この件についての記事をブレイが書いています。タイトルは “Now No Evil-Zone“。Information Week など各ソースが引用しているのがこの記事からの以下の部分です。

The iPhone vision of the mobile Internet’s future omits controversy, sex, and freedom, but includes strict limits on who can know what and who can say what.  It’s a sterile Disney-fied walled garden surrounded by sharp-toothed lawyers. The people who create the apps serve at the landlord’s pleasure and fear his anger.(iPhoneが示す未来のモバイルビジョンは論争やセックスや自由を欠いている。そのかわりに、知るべきことを知っていて言うべきことを言える人たちに厳しい制限を課す。鋭い歯で待ち構える弁護士という壁に囲まれた「ディズニー化」されたつまらない庭のようなものだ。アプリケーションを作り出すのは、主人の楽しみのために仕え、彼の怒りを恐れる人たちなのだ)

オープンな開発環境を擁護するという意味でこれに勝るものはないような、随分がんばった表現ですね。そして重要なのはこのブレイのコメントはGoogleの(準)公式な見解になることです。

ブレイの記事では当然私のような素人には難解な専門的な記述が見られますが、上記のような、私のような素人にもわかりやすい比喩も用いてくれていてわかりやすいです。こうしたわかりやすい表現を用いるということは、メディアにもこの部分は取り上げられるであろうという確信めいたものがあったはずです。

そういう意味で言うならば、やはりディズニーという比喩(と受け取られてもここは仕方がないと思います)を用いたことは、ディズニーの価値を過小評価している彼の考え方が反映されているように思えてなりません。

ディズニーが秀逸なのは、全てを管理した上で、完璧な娯楽の世界を作り上げる点です。こう言うことで、アップルがまさにそうしたディズニーのようなものづくりのありかたを目指している、とブレイは暗に示していることになりますが、ブレイがうまくないと私が思うのは、ディズニーに魅了されてる人々の、そして、ディズニーに価値を見出している人の「良心」をこの記事によって否定してしまっていることです。

オープンな開発環境が非常に重要であることはわかります。業界内でのそれぞれの陣営内あるいは対陣営間の魑魅魍魎な人々による駆け引きも想像は出来ます。

一方で、オープンで大人な世界が全てだ、とも言えない。もちろんクローズドなアップルな環境が全てだ、とも言えない。それぞれ役割があるはずです。

App Storeが性的な表現を排除するという方向性を示した、というならば、その趣旨に伸るか反るか、で、ダメなんでしょうか。それとも今回のブレイの発言も、なんというか、売られた喧嘩(どっちが最初に喧嘩をしかけたのかもわかったものではありませんが)は、というノリだからこうなったんでしょうか。

一企業の判断です。それによって一個人の表現の自由が奪われるはずがありません。

奪われるのは iPhone(近日中には iPad) における表現の自由だけです。

現在、規制をかけ始めたアップルにたいして辛辣な見解を示している人たちが(図らずも?)表わしてしまっているのは他ならぬ iPhone(iPad)もしくはアップルに対する「愛情」なんじゃないんでしょうか。素晴らしいがゆえに、そのプラットフォームでの開発を何らかの理由で諦めざるをえない人たちの、アップル製品に対する愛情。

うーん。ちょっと自己完結的ですかね?

でも、私自身、子どもを持つまでディズニーなんて分からないタイプの人間でした。子どもが生まれてから、子どもが健全に育って欲しい、そのためにはある程度、様々なものごとを親として選別し、子どもに与える必要がある。すくなくとも一定の期間は、こういう配慮は必要であり、そうした時期にディズニーはやはりうってつけの素材として既に存在しています。

私にとってのアップルを使う理由も、現在の私のニーズにあったものをアップルが与えてくれるからです。昔はオープンな開発環境のメリットや「理念」をど素人なりに素晴らしいと思って活用しようと思いましたが、そういう環境に精通していない者にとっては、そうした環境を使うことはすなわち時間の浪費以外のなにものでもないわけです。Mac をメインで使いはじめてからどれほど生産性が上がったことか。

ブレイの発言も業界内の人ならば「なるほど」と思うレトリックを使ったものなのかもしれませんが、影響力のある人ならば、業界外の人も読むことを前提として発言したほうが賢明だと私は思います。私のようにいちエンドユーザとして、いろんなことをいろんな方向から考えている人もいる、ということは頭に入れておいた方がいいのではないかと。まあ、それほど憎い、もしくは可愛さ余って・・・ということなのかもしれませんが。

何かを必要とする人と、そうでない人がいるのです。世の中には。

私が上に示したのは隙だらけの論ですが、私のブログは、Macの製品を使いはじめたことで生産性がアップしたことの証明です。私にとってこれにまさるポジティブな事実はありません。そして、そうした環境を享受している人たちの価値観を否定する権利など誰にもないはずだと、私は思います。

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