MacBook Air 13.3インチは、名機です。
09/26/2010 2件のコメント
11.6インチのMacBook Airが出るという噂が再燃しています。いよいよ、でしょうか。
私的な希望としては、サイズダウンしたとしても、キーボードはフルサイズ、ディスプレイもベゼルを狭くして、なるべく大きく保って欲しい。もしそうであれば、また近々購入するガジェットのリストに入れてしまうかもしれません。
私は「パソコン」と呼べるものをPower Mac 7600/200を購入することで初めて体験し、4年間使用したものの、現実との妥協においてWindows機を使い始め、中古のColorClassic IIを買い、クラムシェルiBook、iBook G3を並行して使用していたものの、ついにアップル機の空白期間が1年と少しできてしまったのが2007年からの1年と少しの期間でした。
もともと文系人間の私、パソコンは文書編集とウェブブラウジング程度にしか使いませんでした。カッコよくて機能が優れたマシンは、そりゃあ欲しいことは欲しかったですが、とりあえず買ったのはThinkPad X40。その後富士通LOOX UやPなどのモバイルを渡り歩いていたのですが、腑に落ちない。
なぜか。
本ブログでも何度か書きましたが、ディスプレイの大きさ、キーボードの大きさ、重量、と、トータルなバランスで満足させてくれるマシンがなかったんです。
そんな折、私の目の前に登場したのがMacBook Airでした。1.3キロ、フルキーボード、13.3インチの大画面、堅牢な筐体。どれをとっても非の打ち所がない。問題は価格でしたが、発売から3ヶ月ほど経ってから値段が多少落ち着いてきたのを見計らって買いました。
実物が家に届き、開封したときの驚きと興奮は、今でも忘れません。
たぶん一生忘れません。というのも、これからの私の人生、好きなガジェットをいろいろと買ったとしても、このときの喜びと興奮を上回るような製品に出会うことは、おそらくもう無いであろう、と思うからです。
これはもちろん私見です。ただ、初代のMacBook Airは、私にとってみれば、それほど重要なマシンでした。言わば、人生を変えられたマシン。
MacBook Pro 13インチと17インチをメインで使っている現在の私にとっては、その存在意義は以前に比べて確かに薄れてはいるのですが、私の「人生」におけるMacBook Airの意味はとてつもなく大きいものです。
新しい、小型で高機能なAirがもし出るならば、初代の存在感は薄れるに違いない。でも、アップルの軽量ノートカテゴリの製品がどのような変遷をこれから経ていくにせよ、私にとって初代MacBook Airは至高の存在です。
MacBook Airに対する批判は、いろいろ見受けられます。でも、そうした批判の全ては、MacBook Airというマシンが持つ本質について全く理解していない人たちからのものです。というか、モバイル機を愛している人で、MacBook Airを所有したことのある人なら、MacBook Airは愛すべき存在になるはずです。と、思ってしまうぐらい、すごいマシンだった。
新しいMacBook Airがまもなく発売されるかもしれない、という噂が、MacBook Airに対する、くすぶっていた私の愛情を再燃させてしまったようです。
一部のファンのたわごとと思われるなかれ。世の中に私のような思いを持つ人は、相当数おられると思います。これもアップルだからなせるわざ、なのかもしれません。

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