あけまして+お引越し

あけましておめでとうございます。

さて、突然なのですが、引っ越します。

新しいURLは http://www.macpastorale.com です。

よせばいいのに、WordPress.orgに移設しました。前からやってみたかったのですが、とりあえずまとまった時間がないとできないな〜と思っていたので、お正月休みを利用し、実行しました。なんとかがんばってみます。(しっぽを巻いてコチラに戻ってくるかもしれませんが(笑))

ともあれ、本年も「田園Mac」をよろしくお願いいたします。

「自分のすることを愛せ」

2010年も、今日でおしまいです。

今年もいろいろとありました。私的に特筆すべきなのは、13年ぶりに地元の奈良に戻り、去年までと大きく生活が変わったことでした。そして、昨年はじめたこのブログが思いがけず多くの方に読んでいただけるようになりました。

2008年に初代MacBook Airで本格的な「アップル帰り」を果たしたばかりで、アップルについて学び直したいという思いもありつつ始めた本ブログですが、やはりなかなか難しいものです。でも、多くの方にさまざまにコメントをいただき、いろいろと勉強させていただいています。日頃コメントをいただき、叱咤激励してくださっている皆様、この場をお借りして、お礼申し上げます。私のブログの師である The Art of Marr’s Blog の Marrさん、そして、Apple Style所長さん、AppBankさんをはじめ、記事を取り上げてくださっているみなさまには、改めて感謝いたします。今年一年、ありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。

年の瀬に思いました。

「四十にして惑わず」と申します。私自身、基本的には迷いはない、と思っています。とはいえ、人生は選択の連続で、行き当たりばったりだけの選択だけでは、どうしようもない。

下手の横好きがジェッターだった私は「いろんなものを客観的に」見すぎて、先が見えない状況でした。私は徹底的に文系人間ですので、ガジェットが好き、といっても技術的なことの基本すらわかっていません。理解することも試みましたが時間の無駄だとわかり、仕事や生活のなかでガジェットを「役立てる」ことができなければ人生を無駄にしてしまう、という思いが強くなっていたことは確かでした。

今思うとまさに四十歳になった年に私はMacBook Airに出会いました。そして、私の残りの人生をなかば「託す」ような気持ちを、アップルという会社に徐々に感じ始めたんです。そんな流れの中で、ブログを書き始めました。だから、ブログをはじめてまもなく「アップル大好き」宣言したのは、当然のことだったのかもしれません。でも、これもブログをはじめなければ、そして多くの方にいろんなことを教えていただかなければ、気づかないことでした。

思うのは、1984年にジョージ・オーウェルへのオマージュとともにMacintoshを発表したときから、スティーブ・ジョブズは、ひとつの文化を、人間の記憶と技術とを統合するような文化を築き上げることに着手していたのではないか、ということです。単に作業の効率を上げるための機械ではなく、人間の記憶が内在するような機械。そして、人間の未来の記憶すら内在するような機械。そういう存在を、アップルの製品には感じます

上でつらつらと書いたことを思ったきっかけは、映画『ニュー・シネマ・パラダイス』なんです。テレビで深夜放送されていたのが今しがた終わりました。大人になり町に出るトトに、映画の師であるアルフレードは言います。「自分のすることを愛せ」と。

昨年もテレビでこの映画を観ましたが、昨年までの私には気づけなかったことでしょう。アルフレードのセリフが私に思い出させたのは、スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式式辞で言っていたことでした。

“I’m convinced that the only thing that kept me going was that I loved what I did. You’ve got to find what you love.”

はっきりと言えるのは、私は、私がすることを愛しているから、これまでやってこれた、ということです。あなたが愛するものを、みつけてください。

最初に『ニュー・シネマ・パラダイス』を観たときは、町に出るときのトトに近い年齢の私でしたが、気づけば今や、アルフレードの葬式に出るため30年ぶりにシチリアの村に帰ってきたトトの年齢にむしろ近づいてきました。今、迷いはありませんが、自分を確かめるための言葉は、まだ私には必要です。たぶん、まだまだしばらくは必要です。

たかがガジェット、されどガジェット、です。

今、MacBook Airで、こんな思いを書き連ねながら、zacky的2010年も終わりを迎えようとしています。

皆様、良いお年を。

HyperMacが新機軸で再発売

HyperMacが新機軸で再発売されました。

HyperMacシリーズはMacBookに利用できる唯一の外付け用バッテリーでしたが、リサイクルしたMagSafeアダプタの一部を利用していたためにアップルとの合意により(11月はじめぐらいだったと思いますが)発売が中止されていました。

今回、アップル純正のApple MagSafe Airline 電源アダプタを活用することでMacBookシリーズで使用可能な仕様に改められ、再発売されました。こんな感じです。

私は今年のはじめに、4種類あるうちの下から2番目のものを購入し重宝していますが、当時と比べてMacBook AirにしろiPhone 4にしろ、バッテリ性能が上がってきているため登場機会が減っていることは減っているとはいえ、丸1日デバイスを使い倒す必要があり、なおかつ電源を気にしたくない、という場合には非常に助かります。そんなに使うことはないかな、とたかをくくっていましたが、省電力な環境を気にすること無くデバイスを使い倒せる気楽さもあり、平均すると週に1度は持ち出しているかな、と予想を上回る使用頻度です。特に海外に行くときは20時間以上連続で電源にアクセスできない場合もあるわけですから、これは非常に助かります。最小版(60Wh)でも新しいMacBook Air 11インチなら1.7回、iPhone 4ならほぼ12回(!)繰り返し充電できる。MacBook と iPhone の両方を充電したいシチュエーションが結構ある私としては、これはとっても助かっています。

2010年だからiPad

先日、iPadをいじりながら地上波テレビ局で放送されていたマイケル・ジャクソンの This Is It を見ていたとき、リハーサルに励むマイケルの声がなぜか『2001年宇宙の旅』のHALの声に聞こえてしまって、今年はじめに本ブログで書いた、『2001年』がらみの記事を思い出しました。コレとかコレです。

すると、その日の朝に読んでいたNew York TimesのNick Biltonによる Year of the Tablet, or the Year of the iPad? という記事も思い出し、私的には、どう考えても “The Year of the iPad” だろう、と思いました。Walt Mossbergも2010年のベスト製品にiPadをピックアップしています

最近ではタグもつけずに書きっぱなし、ということが多かったので、マイケルの声は以前書いたものを読み直すいいきっかけになりました。アーサー・C・クラークやらマーシャル・マクルーハンやら、すごい名前が出てきてるなぁと思いつつ、書いた内容を読み返しました。手前味噌ですが、引用します。

以前「クレイジーな人たち」のことをブログで取り上げたとき、マーシャル・マクルーハンの「挑戦と崩壊—創造性のネメシス」というエッセイについて少し書いたのですが、このエッセイでマクルーハンは上のウィンダム・ルイスの言葉を引用し、人類が生きのびるためには、新しいテクノロジーの意地の悪い一撃をかわし、完全に自覚した上でそうした暴力から回避することができる芸術家の能力が必要である、と主張しています。

考えてみれば、映画の原作者であるアーサー・C・クラークは、「アポロ計画が推進できたのはあなたのおかげだ」と国からお礼を言われているくらいの人ですし。ある芸術家の未来的ビジョンがテクノロジー発展の駆動力になるということは、普遍的なことなのかもしれません。ただこの場合、偉大な芸術家が描いた未来の歴史に従って「テクノロジー」が作られている、ということになるわけです。で、そのテクノロジーは「意地が悪い」(笑)のか、と。(略)

マクルーハン→クラーク→ジョブズというラインを意識しながらiPadを使うとき、iPadは決して「意地の悪い」テクノロジーにはならない。どんなに言われようと、一定の方向性が読み取れる潜在性を与えるというのは、作り手としての「責任」で、ジョブズはそれを自覚し全うしている。と、私は考えています。

iPadが登場し、「クレイジー」になったのは(私自身はその筆頭ですが)世間のほうだよなぁ、などと、いまや「タブレット戦争」なんて言われるような様相を呈している家電業界のありさまをながめながら考えたりしています。iPadの功績は特に、これまでニッチもニッチ、ほとんど無理だとされてきたタブレットデバイスの市場を、存在すら知られていなかった巨大油田を掘り当てたかのごとく開拓したという点でも、非常に大きいわけです。

ただ、エポックメイキングなものが登場すると、当初はその「モノ」に込められていたイメージとか比喩は、その後登場するあまたあるコピーによって当然薄められてくるわけです。私もすでに忘れかけていました。iPadは未来を具現化したものである、そしてiPadを通して見ることのできる未来がわれわれにはある、ということを。

スティーブ・ジョブズが『1984』にMacintoshを、『2001』年にiPodを、そして『2010年』にiPadを登場させたことに、意味がないはずがない。『1984』や『2001年』、『2010年』の宇宙の旅で見た未来を、ジョブズは現実のものにしたんです。そして、それらのものを通して、われわれが見る未来をも、彼はわれわれに与えている。

もちろん、日本人の体格にはGalaxy Tabのほうが合っているとか、いろいろあると思いますし、ジョブズの「出さない」にもかかわらず早晩アップルも7インチを出してくる可能性も大ですし、多様なタブレットが出てくることで選択肢が増える事自体はいいことだと本気で思っています。ただ、今思えば技術的にはもっと早い時期に出せたのではないかと思われるiPadが2010年に登場し、世界を変えてしまったことの「意味」は忘れてはならないんじゃないかな、と思います。

Financial Timesがスティーブ・ジョブズを今年の人に選出

英フィナンシャル・タイムズがアップルCEOスティーブ・ジョブズを “FT Person of the Year” に選出し、Silicon Valley visionary who put Apple on topという特集記事を組んでいます。

When Steve Jobs walked on to the stage at San Francisco’s Yerba Buena Center in January, it capped the most remarkable comeback in modern business history.(1月、スティーブ・ジョブズがサンフランシスコのYerba Buena Centerのステージに登場したが、これにより近年のビジネスの歴史上最も特筆すべきカムバックの総仕上げが行われた。)

記事の冒頭、ジョブズがアップルに復帰してからの期間の「総仕上げ」として、今年1月のiPad発表時の瞬間をハイライトしています。「ジョブズ氏自身の基準を以てしても、今年1月のイベント前の期待感は、尋常ではないレベルまで高められていた」として、iPad(もちろん当時は名前はわからず “The Tablet” などと言われていましたが)への期待感が非常に高かったこと、そして、その期待感は裏切られなかったことを読者に思い出させてくれます。

記事ではジョブズのアップルへの復帰から現在までが総括されていますが、とりあえずは興味深いところをかいつまんで引用します。

A rebuttal of F. Scott Fitzgerald’s much-quoted aphorism that there are no second acts in American life does not come more decisively than this. When Steven Paul Jobs first hit the headlines, he was younger even than Mark Zuckerberg is now. Long before it was cool to be a nerd, his formative role in popularising the personal computer, and Apple’s initial public offering on Wall Street – which came when Mr Jobs was still only 25 – made him the tech industry’s first rock star.

「アメリカでは人生の第二幕はない」というF・スコット・フィッツジェラルドのアフォリズムが、これほど決然と反証された例はない。スティーブン・ポール・ジョブズが最初に新聞の見出しを飾ったとき、彼は今のマーク・ザッカーバーグよりも若かったのだ。ギークであることが「クール」になるずっと前のことだ。彼はパーソナルコンピュータを普及させる重要な役割を負い、ウォールストリートでアップル社への公募を初めて出した。まだ彼が25歳のころだ。そして彼は今や、テック業界の最初のロックスターだ

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“Steve’s the last of the great builders,” says Roger McNamee, a Silicon Valley financier who led a recent, failed attempt to rebuild Palm in Apple’s image. “What makes him different is that he’s creating jobs and economic activity out of thin air while just about every other CEO in America is working out ways to cut costs and lay people off.”

「スティーブは最後の偉大な企業家だ」というのはシリコン・バレーの投資家ロジャー・マクナミー。彼は最近、アップルに倣ってPalmを再建しようとしたが、うまくいかなかった。「彼が他とちがうのは、何も見つかりそうにないところから仕事やお金の循環を作り出すことだ。アメリカのほとんどのCEOがコストや人員を削減する結果になっているのとは対照的に」

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The iPad is the culmination of an approach that he has seemingly been perfecting for his entire career. Those who have laboured under him describe him as a stern taskmaster who understands the art of the possible, rather than a long-range visionary. That means pushing relentlessly forward rather than milking old successes – even ones as significant as the iPod.

iPadは、彼の手法が生み出した究極の製品だが、その手法は彼のこれまでのキャリアのなかで築き上げられてきたものだ。彼のもとで仕事をした人物たちは、彼のことを夢想家というよりは、「可能性の技術」とでも言うべき技術を理解している厳格な工事現場の親方だ、という。そして過去の成功に甘んじることなく、絶え間なく前に進む。iPodのようにすばらしいものがあったとしても。

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“Other companies might try to stretch out the life of [the iPod], but they were willing to say, ‘No there’s better technology,’ ” says Carl Bass, chief executive of Autodesk, a design software company that has developed apps for the iPad. “I don’t often think about CEOs being brave and courageous, but Steve is.”

iPadアプリを開発したソフトウェア会社Autodeskのカール・ベース氏は言う。「他の会社なら[iPodの]寿命をのばすことに懸命になるかもしれないが、『いや、もっといいものができるはずだ』というのがアップルだ。私は、CEOは勇猛果敢であるべきだと必ずしも考えないが、スティーブは、勇猛果敢だ」

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In his autobiography, John Sculley, the former PepsiCo executive who once ran Apple, said this of the ambitions of the man he had pushed out: “Apple was supposed to become a wonderful consumer products company. This was a lunatic plan. High-tech could not be designed and sold as a consumer product.” How wrong can you be.

ジョン・スカリーは自伝で次のように言う。「アップルは、素晴らしいコンシューマ向け製品をつくる会社になろうとしていた。ばかげた計画だった。『ハイテク』がコンシューマ向け製品としてデザインされ売られるなんて、無理なことだったんだ。」 人は、間違いをおかすものである。

Andoroidからアップルへの贈り物

FortuneのAndroid’s gift to Appleという記事からです。

“Google may, paradoxically, be making the world a better place to sell iPhones”(逆説的にみえるが、グーグルはiPhoneの立場を有利にしているかもしれない)という1文から始まる記事は、GoogleのフリーでオープンなAndroid OSがヴァイラルに広まることでスマートフォンの価格は押し下げられ、優位に立つiOSにはプレッシャーがかかり、アップルの収益も減るだろう、というのが、大方の予想ではないか、と読者に投げかけます。

しかし、8大ベンダーが販売する端末の価格を調査したHorace Dediu氏(Asymco)によると、そうした予想とは全く違うことが起こっている、Androidが導入されて以来、iPhoneの平均販売価格は実質的にはむしろ上がっている、というのです。

青が8大ベンダーの平均価格、オレンジがApple(つまりiPhone)を除いた平均価格です。たしかに、iPhoneが発売された2007年以降、青とオレンジの差(つまりiPhoneと他端末の価格差)が増加傾向にあります。そしてAndoroidが市場投入された今年第2四半期頃から全体として平均価格は急激に上がっている。

これはどういうことか。

Dediu氏によると、スマートフォン市場は急激に拡大している(年90%)ため、実質的な競争はスマートフォン同士というよりはむしろスマートフォンと普通のケータイの間で起こっていて、価格を下げる必要に迫られているのは普通のケータイ会社のほうである、とのこと。デディウ氏は「スマートフォンと普通の(つまらない)ケータイのどちらをつくるかだけが価格決定力に関係する。スマートフォンをつくれば、より高く価格を設定できる。これはプラットフォームに関係ない」と言います。

デディウ氏の主張は、プラットフォーム間の競争という観点からだけでなく、スマフォとスマフォでないケータイも含め、市場全体を視野に入れて調査されるべきだ、というものです。「Androidは販売価格を下げることなしに市場を拡大している。ある意味、アップルにとってもこれは良いニュースだ。通話だけの端末ばかりがある市場に比べて、スマートフォンがたくさんある市場であれば、iPhoneにも手が届きやすい。これまでも、アメリカではRIM、ヨーロッパではNokiaとの競争にあってもiPhoneの牽引力は保たれてきた。スマートフォンはモバイルブロードバンドのインフラを充実させ、よりセンスのいい、自覚的なユーザーも増えてくる」とデディウ氏は言います。

記事のしめくくりでは、”Maybe letting Google CEO Eric Schmidt sit on Apple’s board of directors wasn’t such a bad idea after all.”(Google CEOのエリック・シュミットがアップルの重役になる、というのも、長い目で見れば悪くないアイデアだ)とまで言っています。

ワインリストはiPadで

iPadがあると、いつもより多めにワインを飲みたくなるかもしれません。

テクノロジー専門ではもちろん全然ないですが最近やたらガジェット(特にアップル)がらみの記事を見かける気がする Toronto Star のToronto restaurants adopt iPads for wine lists, menusという記事からです。

カナダ、トロントの中心部にありますメイプルリーフ・スクエアに店を構えるオシャレなレストランラウンジ E11even が、ワインリストとメニュー閲覧用に40台のiPadを導入しました。ソムリエのひとりジョナサンさんは「サービスをするときに、会話のいいきっかけになるんです。年配のお客さんが嫌がるんじゃないかと心配しましたが、逆に彼らがいちばん気に入っていますね。簡単に、楽しく使えるテクノロジーがあるとわかって、喜んでいますよ。薄暗い明かりでも、バックライトのきれいな画面で、とても見やすいんですよね」と語ります。

E11evenは、ワインリストをiPadで提供しているニューヨークの Incentient によるサービスをカナダではじめて採用したレストランだそうですが、今年4月にこのサービスを採用して以来、売上が非常に伸びたということです。ジョナサンさん曰く、「多くのお客さんに、ラベルのデザインを写真で見て覚えてもらえるようになりました」とのことです。この店では現在600種類ものワインを提供しているとのことですが、たしかに、ボトルやラベルの写真はもちろん、ワインの出自や歴史、ソムリエのコメントなどなど、通常のワインリストには紙面の都合で載せられない情報でもiPadなら手軽に見ることができますよね。

一方、同じくトロント市内で2軒の 7Numbers というレストランを経営するヴィトーさんは、アメリカでのiPad発売時にアップルストアに並んでiPadを2台購入し、その後10台のiPadをお店に導入した、とのことです。「こういうことは最初に自分たちで試してから導入したいんです。いろいろとシンプルにできる、と思いましたよ」と、こちらは独自のやりかたで60種類のワインリストをiPadで提供しているとのことです。「ボトルの写真に惹かれて注文されるお客さんも多くいらっしゃるんですよ。あるお客さんは、休暇で過ごしたときにその島で飲んだワインだとわかって、いつもはワインは飲まないのに55ドルのワインをお飲みになりましたよ」とのことです。

他にもいくつか、iPadを導入しているお店の例が紹介されています。

最近、無骨なタブレットデバイスで注文をとったりするお店もちらほら見かけますが、iPadはやはりどちらかというと、ワインリストなんかをながめるようなオシャレなレストランに似合うかな、という気がしますね。

私自身はそもそも高級なレストランでワインなぞたしなんだことなどない無骨な輩です。E11evenのような場所でiPadでワインリストを眺めながらワインを注文し、グラス片手にオシャレな会話をゴージャスに楽しむ。うーん。いいですなぁ。来年は頑張って、肉体とファッションと頭脳をおしゃれに改造してみるか。(無理だって)

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