Kindle購入の動機

Kindleを手にして早、何日だっけ。

結構楽しんでおります。やはり思いついたときにその場で新聞や本をダウンロードできるのは、すごいことです。

ところで、デバイスとしてはKindleはやはりまだまだ「ベイビー」の域を出ないのでは、と思ってます。薄くて軽くて長時間使える、これのどこがベイビーなんだ、という声も聞こえそうですが、このデバイスを「本」と同義としてとらえたい,いろいろと期待したい,という気持ちがあって,まだまだ改善を期待したいところがある,というわけで「ベイビー」です。もっと言えば,15世紀に “movable type” がメディアのあり方に革命を起こしたようなものと同じレベルでKindleを体験したい、という、これはあくまでそうであったら面白いな、という興味からでもありますが、そういうものとしてとらえたい。もちろん、活版印刷と同レベルで話せるのはむしろPCとかネットだろう、ということにはなるんですが、Kindleには妙な魅力を感じてしまっています。

「ニューメディア」がオーラルなコミュニケーションによる人類の集合的アイデンティティの回復に寄与するか否か、というマクルーハン的な意味で言うなら、Kindleは逆行するメディアに、表面的には見えます。ただ、印刷+視覚メディアによって集合的意識を分断された、というマクルーハンのアイデアは、個人主義の弊害も見られた20世紀の西洋文化の文脈でこそ意義があるんですが、そもそも集合的意識が強い日本のような文化の場においては、Kindleのようなデバイスはちがった存在意義をもつのでは?というおぼろげな印象があったりします。

・・・いい感じです。こういう思考が活性化されるのを狙っていたので。あ、でもデバイス自体は楽しんでおります。念のため。

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