“AVATAR = iPhone” それとも “AVATAR ≠ iPhone” ?

ジェームズ・キャメロンの新作、AVATARが話題です。

日本では23日から公開ですが、アメリカでは18日から公開されていて、いろいろとレポートが出てきています。New York Timesは A New Eden, Both Cosmic and Cinematicというタイトルの記事で “Created to conquer hearts, minds, history books and box-office records, the movie … is glorious and goofy and blissfully deranged.” と、ちょっとニュートラルな感じから始めていますが、最終的には「子どもだったから当たり前だけど、映画が人生より大きかった頃のことを思い出させてくれる」と、映画の醍醐味が味わえる作品だと言ってます。ただ、”He hasn’t changed cinema, but with blue people and pink blooms he has confirmed its wonder.”と締めくくっているのは、WIREDの記事 James Cameron’s New 3-D Epic Could Change Film Forever を承けているのか、手放しの賞賛はしないよ、という含みかもしれません。

TechCrunchは大絶賛です。まだ公開されてから36時間だけど、3時間近いこの映画をすでに2回見て今週末にはまた見に行く、と微笑ましいぐらいの入れ込みようです。ストーリーはさておき特殊効果がすごい、90年代(ジュラシック・パークのような)の特殊効果は「笑えるぐらい」時代遅れのものになった、とまで言います。

それより気になったのは、この記事のタイトル Avatar Is Like The iPhone Of Movies で、もちろん主旨はiPhoneがモバイル産業を変えたのと同じぐらいこの映画が映画産業を変えるだろう、ということなのでしょう。おもしろいことにニューヨークタイムズの記事でもiPhoneに言及しているのですが、こちらでは「人生より大きかった」子どもの頃の映画と、大人になった今の日常を規定するiPhoneという小さなデバイスを比較しているわけです。

ふーん。

映画(=AVATAR)とモバイルデバイス(=iPhone)というそれぞれの業界において技術の最先端を行くという意味では、比較の対象になっておかしくはありませんが、見方が違うと比較のされ方も全く違うというのは面白いものです。というか、映画にせよ何にせよ、メディアとしての影響力、あるいは最先端の技術を語る場合、iPhoneを持ち出すことでなんとなく雰囲気がつかめるぐらいに、一般的にも認知されているし、それを使っている人(私も含めて)もなんとなくわかってしまう、ということでしょ?  iPhone というデバイスの存在感の凄さを、ニューヨークタイムズとTechCrunchの記事を読んで改めて感じてしまいました。

しかし、批評だけ読んで済ますのももったいないので、病み上がりの私ですが、来週早々には見に行きたいと思ってます。私的には3D的なものとしてはもう何年前だろ、「ベオウルフ」以来ですから。少し楽しみ。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。