Nexus One の真の意図?

えーと、わかりにくい喩えかもしれませんが、敵地でタイトルマッチをして勝つボクサーのような強さを持っている相手でないと認められない、というスタンスを取るのがアップル信者になってまもない私としてはふさわしい態度かな、と思っています(但し、過去の私のモバイル遍歴は是非参考にしていただければ、とも思います)。

Nesux Oneの登場からもうすぐ2週間。発売後に手にした方々のレビューもいろいろと出てきはじめております。

意外だったのは最初の1週間の販売台数。ITMediaがFlurryを承けて報告しているところによると2万台ということです。これは同じくAndroidケータイであるMotorolaのDROIDの25万台と比べてもかなり少なめの数字。単純な数字の比較に意味がないのは確かですが、その後のムードを作ることも確かであることを考えると、ユーザーへのレスポンシブルではない現時点での対応なども含めて、Nexus One自体を「売る」ことが究極の目的ではないのか?と思える数字です。確かにGoogleなら売らずにタダでばら撒くということもしかねません。でも、やっぱり端末を売るとういことは、そうすることでどれくらいの収益が見込めるかを値踏みしていると考えられるのも確かです。そこで、同じくITMediaが報じているのは、Nexus OneがGoogleのハードウェアビジネスの端緒である可能性です。つまりこれからハードで収益をある程度上げていこうというGoogleの意志の表れがNexus Oneであると。しかしこれについてはアンディ・ルービンは否定していて、その理由はハードウェアビジネスが失敗した時にこれまで積み重ねてきたGoogleのブランドイメージに傷がつくからだ、という分析もしています。もしそうなら、ルービンの戦略は今のところ「功を奏している」ということになります。

Nick Bilton(最近なんだか彼の記事やビデオレポートによく行き当たります)はNew York Timesの”Torn Between 2 Phones: Nexus One vs. iPhone” という記事で、iPhoneに決別してNexus Oneに乗り換えるための決定的な理由を見いだせないことを述べています。O’Reilly MediaのTim O’ReillyやEtsyのChad Dickersonらのレビューを取り上げ、Googleのサービスを使うにはNexus Oneが便利だが、MobileMeやiTunesの連携も含めてアップルのサービスを使っている人にはiPhone がいい、と、それは確かにそうだとしか言いようのないことを言っています。

ご存知のように昨年末、AT&Tは一部ニューヨーク地域でのiPhoneのオンライン販売を一時見合わせましたが、慢性的なトラフィック不足の問題を抱えるAT&Tのサービスに不満を持つニューヨークのユーザーは多い。むしろiPhoneに見切りをつけようとiPhoneに代替できる機種を待ち構えつつもなかなか乗り換えに踏み切ることができないニューヨークのiPhoneユーザーの心境をビルトンは代弁しているようです。

ビルトンはSteve WosniackがNexus Oneを「最近の」お気に入りだと発言したことについても触れていますが、それでもまだ2台のiPhoneを持っているけどね、とウォズ自身が後に但し書きを加えたことにも注意を促しています。ウォズってアップルに対して多少辛辣な場合があってもなんだかんだ言ってフォローしていますし、そもそも彼はルービンが立ち上げた会社 Danger Inc. の役員に名を連ねてるんですよね。ルービンに対するリップサービスがあるのは、当たり前のことではあります。

さて。ここまでNexus Oneのことを考えてしまうと、さすがに少し使いたくなってきました。元モバイラーの血が騒ぎます。

だいたいですね、Nexus Oneという名前のコノテーションがヤバイ。Googleは無関係としているようですが、リドリー・スコットの『ブレードランナー』(原作はフィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』)に登場する、ロイをはじめとしたレプリカントの最終型 Nexus-6 のことを念頭におかないわけにはいかないネーミング。近年のアップルはどちらかというと、既存の物語がもたらす含蓄を意識的に排除するネーミングをしている印象がありますが、それに対してGoogleの含蓄ありありのこのネーミングセンスは、それこそかならず “Nexus Six” を出さいないと許されない、というような雰囲気をすでに作ってしまっているようにも受け取れます。ディック作品やその世界観に言及するということにはそういう「責任」がつきまとうのかもしれないと私的には思います(だからこそディックの遺族も無関係としているGoogleに対して疑念があるのだと思います。サポートの体制の問題とともに、権利にまつわる数あるGoogleの問題のひとつとして俎上に上げられそう)。

ところで、Nexus-6は最後はデッカードに倒されるんですよね。

考えれば考えるほどわからなくなるNexus One(を出したGoogle)の真の意図。こちらもこれからの展開が楽しみです。

<追記>

やっぱり考えるば考えるほど、Nexus Oneというネーミングはまずかったのではないか、という気がしてきます。あまりに含意がありすぎる。半ば直感に近い憶測になりますが、考え方次第では、学生のベンチャー企業(と言っては学生ベンチャーに失礼ですが)がつけそうな名前にも見えてくる。DROIDのほうがずっとずっといい。Googleの場合は、コンシューマ向けハードウェアのマーケティング戦略だけを見るなら、ジョブズの足元にも及んでいないんじゃないか、と本気で思ってきてしまいました。

でもあのGoogleのことです。私の浅はかな思考のはるか先にある何かを見据えているに違いない(と思いたい)。でも、発売後1週間の販売台数が示すところと言うのは、案外こういう消費者の直感みたいなものを如実に反映しているものなのではないのかな、とも少し思ってしまいます。

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