iPad。先を見据え、道をつくる。

ねぼけまなこで書いた日本語があまりにも変だったので、書きなおしました。

・・・・・・・・

iPad。

一度はしっくりきたと思ったのですが、少しゲシュタルト崩壊気味です。

padって、そもそもなんなんだ、と改めて疑問を持ってしまいました。

英和辞典はいろいろありますが、敢えて英辞郎の “pad” の意味。

名詞。

【名-1】当てもの、パッド、詰め物、当て物、埋め板

【名-2】メモ帳、便箋

【名-3】〔動物の〕足の裏の柔らかい部分

【名-4】〈俗〉家、部屋

【名-5】生理用ナプキン

んー。私的には2番目の意味あいでしか見てなかったな。1番目はどーなんだろう。

動詞。

【自動】徒歩で[歩いて]行く、そっと歩く、踏み固める

【他動-1】~に詰め物をする、いっぱい詰める、当て物をする、~を長引かせる、水増しする

【他動-2】~を徒歩で[歩いて]行く、そっと歩く、踏み固める

「踏み固める」ねえ。

「水増しする」? iPhoneあるいはiPod Touchの「水増し」がiPad?

・・・・・・。

正直言うなら、iPad、当たり前すぎる、っていう気がするんです。

当たり前、というのは、名前じゃなくて、製品のこと。サプライズがある意味なかった。予想を上回ることがなかった気がする。でも、iPadっていう名前は、一見当たり前みたいだけど、本当に当たり前か? 確かに予想されていた名前の中にはあったけど、少し意表をつかれた気がした、というのが、ジョブズが最初にiPadと言ったときに受けた印象かも。

サプライズはなかったけどもちろんアップル製品としての基準は完全にクリアしている。だんだんと欲しくなってきて買いたいと思い始めた。発売されるまでになんとか口実をつくって買おうという気持ちにも完全になっている。不満などあろうはずがない。

でも、製品としてのインパクトは、あるのかな? 特にiPhoneに慣れてしまったユーザーに対しては?

アップル信者であろうとして、無理やり嵩上げして見ている、っていうことはないかな?

自問自答しました。

やっぱり「リベラルアーツ」に答えがあるような気がします。

「リベラルアーツ」について先に触れましたが、ジョブズが中退したリード大学はリベラルアーツ・カレッジ。ちなみにアメリカ合衆国の現大統領バラク・オバマもハワイを出て初めて本土で通った大学がLAにあるオクシデンタル・カレッジというリベラルアーツ系の大学です。その後オバマはコロンビア大学に行きます。

リベラル・アーツ・カレッジは全寮で少人数制をとっているところが多く、まさに教養を身につけ、しっかりと考えることを学ばせる教育機関である、というのが一般的なイメージです。治安が悪い都市部の大学に通わせるより、自然の中でしっかりと子供の面倒を見てくれる全寮制の大学に通わせたいと思うアッパーミドルクラスの家庭の子息が多いかたわら、人種的マイノリティ、経済的弱者層に属する学生が多く、奨学金を得ている学生の割合も多いようです。その後、より専門的に学ぶために大学や大学院に行く卒業生も多い。

ジョブズのUIに関する思想は、できるだけ多くの人に開かれたインターフェースをいかに実現するか、という一点に集約できると思うのですが、iPadは、その思想が端的に現れている製品だということは間違いないと思います。そして教育の分野でもその思想が生かされる可能性は高い。

そんなiPadが、果たしてアップルが提示するタブレットの最終形態なのか?と問うとき、あくまでiPadはとっかかりにすぎないのではないのか?という感慨があります。もちろんタブレットデバイスとして群を抜いていることは間違いないんだけど、そんなことは当然で、ひょっとしてもっとずーっと先の、このジャンルのデバイスの発展性を見越した上で、夜明け前の、まだまだ黎明期のデバイスとしての存在感を示すことが、今回のiPadの発表に込められた真の意図だったのかも、などと思ったりもします。デスクトップピクチャは夜明け前だし。発表時のジョブズのプレゼンも、iPhoneのときのもったいぶった導入に比べるとなんだかあっさりだった気もしますし。むしろこれからが大事なのだと。

iPadを通してジョブズが見据えるのは、ひょっとしたらわれわれの想像だにしない、ずっとずっと先の未来のことなのかもしれない。

ギークだけが使えるものではあるはずがない。万人がすべからく使える製品でなければならない。でも子供だましではない。世界の深奥までたどりつけるのではないか、と思わせるようなデバイスでなければならない。

リベラルアーツに話を戻すと、ジョブズとオバマというリベラル・アーツ教育を経た二人の巨人が今のアメリカをある意味牽引している。テクニカルな面で肝心なところではウォズに頼りっぱなしだったジョブズ。その意味では、モノづくりに対する執着はあったはずですが、ウォズとの比較で言うならジョブズはギークではなかった。専門性ももちろん大事なんだけど、しっかりと鍛えられた思考の上にこそ、豊かな専門性は成り立つ。そのためのリベラルアーツ。ジョブズはオバマによる一般教書演説と同じ日にiPadイベントを行いましたが、リベラルアーツをキーワードにして二人の関係性も読み取れる。もはや偶然と言うには無理がある。

そんな感慨を、iPadを通じて持つに至っております。

【他動-2】~を徒歩で[歩いて]行く、そっと歩く、踏み固める

うーん。歩みだしは賛否入り混じるはっきりしないものだけど、着実にしっかりと道を踏み固めていく。

iPadが今まさに、道をつくり始めた、のでしょうか。

3 Responses to iPad。先を見据え、道をつくる。

  1. ktan より:

    おはようございます。いつも楽しく拝見させていただいております。
    iPad、皆の反応がいろいろで面白いですね。
    僕は仕事に使おうと思うので(手軽にプレゼンテーションが出来そう)すぐにでも欲しいのですが、そんな僕のためにJobsがこの製品を作ってくれたとは思えません。
    やはりリベラルアーツですよね。きっと。先日「テクノロジーとリベラルアーツの交差点」という立ち位置をApple社は大切にしているということをZACKYさんのご指摘で再認識しました。
    発表前、多くの人が望んだのは「テクノロジーの究極を見たい」ということだったのだと思います。しかし、それではApple社の立ち位置がおかしくなりますよ、ということだと思います。
    テクノロジーと同時にリベラルアーツの幅を広げないとバランスがとれないということをJobsは言いたかったのですね。
    そのためにはまずはハードウェアの普及が大切です。安く設定して普及させて、ソフトの開発を促進する。大分行き渡ったところで(あるいはその方向性が確認できたら)、カメラやその他のオプションを付け加えてさらにiPadの可能性を広げていくという感じでしょうか?
    楽しみですね。
    ZACKYさん、Macworldもう少しですね、うらやましいです

    • zacky1016 より:

      ktanさん
      いつもご覧いただいてありがとうございます。気になりすぎるのが私のよくないところです(笑)。
      なるほど。立ち位置の確認ですね。技術的に先を行っているのは当然。でも出す部分と出さない部分がある。すごいですね。私もそんな余裕を持った人間になりたい(笑)。
      カメラがつかなかったのは、コミュニケーションデバイスというよりは情報集約(ちょこっと編集)デバイスとして位置づける意図があるからかも、と思ったりもしています。でも、本当の意図は私も?ですが。情報の扱い方のフォーミュラも日進月歩ですから、アップデートが楽しみですね。
      MacWorldレポート、期待しないで待っててください(笑)。

  2. ピンバック: リンガ・フランカ(lingua franca)~リベラル・アーツ(liberal arts)の歴史(やりなおし教養講座/教養教育の誕生より) « 名盤発見

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