ブレイさん。本音が出てしまってます。

追記:前タイトル、ハシャギすぎていたので、変えました。

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Tim BrayがiPhoneに三行半をたたきつけた件があちこちで取り上げられております。

ブレイのことを知ったのは、先日アップルがHTCを提訴した件についてのJohn Gruberの記事を扱ったときでした。ソフトウェアに関するパテントのあり方についてグルーバーがブレイのエッセイを引用していたのですが、彼もまた重要人物だったのですね。

最近になってGoogleがブレイを雇った、ということなのですが、その理由のひとつが彼の業界内での影響力にある。 Information Week が次のように今回のいきさつを要約しています。

Wasting no time, Google’s latest hire embraced his new role as Android developer advocate by declaring that he hates Apple’s iPhone, even though its hardware and software are “great.”(グーグルに雇われるやいなや、アンドロイド陣営を擁護するという彼の新たな任務を遂行した。彼は、どんなにハードウェアやソフトウェアが「すばらしい」ものであったとしても iPhone が大っきらいだ、と宣言した)

自身のブログで、グーグルに所属したその朝、この件についての記事をブレイが書いています。タイトルは “Now No Evil-Zone“。Information Week など各ソースが引用しているのがこの記事からの以下の部分です。

The iPhone vision of the mobile Internet’s future omits controversy, sex, and freedom, but includes strict limits on who can know what and who can say what.  It’s a sterile Disney-fied walled garden surrounded by sharp-toothed lawyers. The people who create the apps serve at the landlord’s pleasure and fear his anger.(iPhoneが示す未来のモバイルビジョンは論争やセックスや自由を欠いている。そのかわりに、知るべきことを知っていて言うべきことを言える人たちに厳しい制限を課す。鋭い歯で待ち構える弁護士という壁に囲まれた「ディズニー化」されたつまらない庭のようなものだ。アプリケーションを作り出すのは、主人の楽しみのために仕え、彼の怒りを恐れる人たちなのだ)

オープンな開発環境を擁護するという意味でこれに勝るものはないような、随分がんばった表現ですね。そして重要なのはこのブレイのコメントはGoogleの(準)公式な見解になることです。

ブレイの記事では当然私のような素人には難解な専門的な記述が見られますが、上記のような、私のような素人にもわかりやすい比喩も用いてくれていてわかりやすいです。こうしたわかりやすい表現を用いるということは、メディアにもこの部分は取り上げられるであろうという確信めいたものがあったはずです。

そういう意味で言うならば、やはりディズニーという比喩(と受け取られてもここは仕方がないと思います)を用いたことは、ディズニーの価値を過小評価している彼の考え方が反映されているように思えてなりません。

ディズニーが秀逸なのは、全てを管理した上で、完璧な娯楽の世界を作り上げる点です。こう言うことで、アップルがまさにそうしたディズニーのようなものづくりのありかたを目指している、とブレイは暗に示していることになりますが、ブレイがうまくないと私が思うのは、ディズニーに魅了されてる人々の、そして、ディズニーに価値を見出している人の「良心」をこの記事によって否定してしまっていることです。

オープンな開発環境が非常に重要であることはわかります。業界内でのそれぞれの陣営内あるいは対陣営間の魑魅魍魎な人々による駆け引きも想像は出来ます。

一方で、オープンで大人な世界が全てだ、とも言えない。もちろんクローズドなアップルな環境が全てだ、とも言えない。それぞれ役割があるはずです。

App Storeが性的な表現を排除するという方向性を示した、というならば、その趣旨に伸るか反るか、で、ダメなんでしょうか。それとも今回のブレイの発言も、なんというか、売られた喧嘩(どっちが最初に喧嘩をしかけたのかもわかったものではありませんが)は、というノリだからこうなったんでしょうか。

一企業の判断です。それによって一個人の表現の自由が奪われるはずがありません。

奪われるのは iPhone(近日中には iPad) における表現の自由だけです。

現在、規制をかけ始めたアップルにたいして辛辣な見解を示している人たちが(図らずも?)表わしてしまっているのは他ならぬ iPhone(iPad)もしくはアップルに対する「愛情」なんじゃないんでしょうか。素晴らしいがゆえに、そのプラットフォームでの開発を何らかの理由で諦めざるをえない人たちの、アップル製品に対する愛情。

うーん。ちょっと自己完結的ですかね?

でも、私自身、子どもを持つまでディズニーなんて分からないタイプの人間でした。子どもが生まれてから、子どもが健全に育って欲しい、そのためにはある程度、様々なものごとを親として選別し、子どもに与える必要がある。すくなくとも一定の期間は、こういう配慮は必要であり、そうした時期にディズニーはやはりうってつけの素材として既に存在しています。

私にとってのアップルを使う理由も、現在の私のニーズにあったものをアップルが与えてくれるからです。昔はオープンな開発環境のメリットや「理念」をど素人なりに素晴らしいと思って活用しようと思いましたが、そういう環境に精通していない者にとっては、そうした環境を使うことはすなわち時間の浪費以外のなにものでもないわけです。Mac をメインで使いはじめてからどれほど生産性が上がったことか。

ブレイの発言も業界内の人ならば「なるほど」と思うレトリックを使ったものなのかもしれませんが、影響力のある人ならば、業界外の人も読むことを前提として発言したほうが賢明だと私は思います。私のようにいちエンドユーザとして、いろんなことをいろんな方向から考えている人もいる、ということは頭に入れておいた方がいいのではないかと。まあ、それほど憎い、もしくは可愛さ余って・・・ということなのかもしれませんが。

何かを必要とする人と、そうでない人がいるのです。世の中には。

私が上に示したのは隙だらけの論ですが、私のブログは、Macの製品を使いはじめたことで生産性がアップしたことの証明です。私にとってこれにまさるポジティブな事実はありません。そして、そうした環境を享受している人たちの価値観を否定する権利など誰にもないはずだと、私は思います。

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