究極のモノとしてのMac

ご無沙汰しております。少々立て込んでおりまして。というか、Macな環境が刷新され、仕事をしたくなってしまって(笑)。ブログもしっかりやりたい。痛し痒しです。

まあしかし、そんなふうに思うと、私が今いかにMacに促されるような形で生活しているか、ということがわかります。

で、私がMacに入れ込んでいる理由は、もちろんこれが情報処理機器として極めて優れているということもありますが、そのデザインにもあります。

昨日ふと、そういうことを思って、久々にあのドキュメンタリー映画 Objectified を見てみました。

この映画、昨年末頃だったかに数回見たのですが、当時まだアップル大好き宣言もしていなかった頃(もう兆候はありましたが)ですのでそれなりに見てしまっていました。今観てみたら、オープニングのナレーションはその時はあまり意識していませんでしたがよく聞いたらジョニーだし、ディーター・ラムズがアップルを紹介する形でジョニーのインタビューにつながっていく構成だったり、締めの部分にもジョニーが登場したりと、映画全体が微妙にアップル・フィーチャードな構成であることに改めて印象を深くしました。このあたりはまた機会があれば記事にしようとも思っています。

今回この Objectified を見直してみて何より私の琴線に触れたのは、インタビューのトリ、New York TimesのRob Walkerのコメントでした。意匠性に優れた、丹念に作り込まれたモノがひとりの人間にとっていかに重要であるかを改めて認識させてくれるコメントでした。ので Here it is。

“If I had a billion dollars to fund a marketing campaign, I would launch a campaign on behalf of things you already own. Why not enjoy them today? Because we all have so many things that are just around, they’re in the closet, they’re in the attic, whatever, that we don’t even think about anymore because there’s not enough room left in our brains because we’re so busy processing all the exciting new developments. At the end of the day, when you’re looking around at the objects in your house and you’re deciding “what here really has value to me?” they’re going to be the things that really have some meaning in your life. The hurricane is coming, you have twenty minutes, get your stuff and go: You’re not going to be saying “Well that got an amazing write up in this design blog”, you’re going to pick the most meaningful objects to you, because those are the true objects that truly reflect the true story of who you are and what your personal narrative is, and the story that you’re telling to yourself and no one else because that’s the only audience that matters.”

(もしマーケティング作戦のために10億ドル提供できるなら、みんながすでに持っているもののための活動をはじめるよ。今日、それを楽しもうよ、ってね。すでに私たちの身の回りにたくさんのものがある。クローゼットにでも屋根裏部屋にでもどこにでも。ただ日々の忙しさにかまけて、持っているものすべてに考えをめぐらせることができないんだ。一日の終わりに家にあるモノたちを見回して、「自分にとって本当に価値のあるもの」を決める。そうするとそれは私たちの生活のなかで本当になにがしかの意味があるものになる。ハリケーンが近づいてきて逃げるのに20分しかない。持ち出すものを決めて、行かなきゃならない。「そういえばあのブログにこれの素晴らしい記事があったな」なんて言ってるヒマはない。そうするといちばん自分にとって意味があるものを選ぶことになる。それが本物なんだ。その「モノ」が、自分の真の姿を、自分しか知らない自分の物語を、自分が本当に言い聞かせなければいけないほかならぬ自分に語りかけるべき物語を映しているんだ)

たかが「モノ」を啓発するために10億ドルのキャンペーン、と思うなかれ。この映画を見ると、本当に自分にとって大切なモノ、って何だろう、とすぐさま考えたくなります。ジョニー・アイヴが彼のインタビューセクションの最後に”That’s quite obsessive, isn’t it?”(ちょっと取り憑かれているみたいだろう?)って言いますが、私は今、MacBook Proの美しいデザインに取り憑かれております(笑)。

ていうか、私、すでにかなり “objectify” されてきてます。ジョニーの原点を知りたくなって、ディーター・ラムズのLess and More図録、買っちゃいました。昨日届いたので今から読みます。なんか、自分が非常にヤバい(笑)方向に進んでいっていると思うのは気のせいでしょうか?


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