iPadと未来のビジョン

”Consumer tastes have overtaken the needs of business as the leading force shaping technology.”(消費者の嗜好性が、テクノロジーを形作る主要な力として、ビジネスにおける必要性をついに上回った)

先日、アップルがマイクロソフトを抜いて米国で2位の資産価値を持つことになった日のNew York Timesの記事に、上のような文言がありました。(この場合の「消費者」とはもちろんこうしたものを買える社会的経済的な状況に少なくとも身を置いている人ということになりますがそれはさておき)つまりは、消費社会が一定の成熟を見た、ということになります。

今回、アップルという企業の価値を押し上げた大きな要因のひとつがやはりiPadであることは間違いありません。21世紀も最初のディケイドを終えようとしていて、もう少しすると「さあ22世紀には・・・」なんていう提言も散見されることになるでしょう。そうした議論のなかでiPadはおそらく中心的な位置を占めることになるでしょう。

「消費者の嗜好性」と「ビジネスの必要性」が対比させられていますが、よくよく考えてみれば、「ビジネス」も「人」があってこそ成り立つものですから、そもそも人の嗜好性が問われて当然なわけですが、アップルのようなビジネスが成功をおさめたという事実は、流行に左右されるような消費者の「行動」パターンだけに基づいて売るようなビジネスモデル「ありき」のような発想とは違うところで実は消費者の心理は動いている、ということの証明になったのではないかという気がします。

今、奈良に住んでいます。奈良市に「くるみの木」という雑貨屋さん兼カフェがあり、全国的に人気を集めています。オーナーの石村由起子さんは香川県高松市生まれ。生まれたのは1952年、ジョブズと同世代の方です。Macintosh発売と同年(!)の1984年、奈良に店をオープンされました。最初はたった12席のカフェに雑貨を置いて、というささやかなもの。でも、今では全国からお客さんを集めるお店になっています。実は、私はこのふたりの人にどこか共通のものを感じています。ジョブズの徹底した製品へのこだわりが賛同者を集めたのと同じく、石村さんの「愛おしいもの」へのこだわりが、日本全国から賛同する人を集めた。

以前のエントリで、アップルの製品は「問題なく動いてくれる限りは、一生でも使っていたいと思うものばかり」だと言いましたが、これって「意図的陳腐化」が意味をなさない製品だということですよね。一回気に入って買ってしまうと、ずっと使いたくなる。場合によっては実用にたえられなくなっても使ってしまう(笑)あるいは中身を取っ替えてむりやり実用にたえるものにしてしまう、などという人もいます。

仕事と私生活を分けるのは当然ですが、仕事が「人」と切り離されてはいけない。「人」はモノで生活する。モノは「人」によって作られる。

私は今、アーサー・C・クラークな宇宙的ビジョンと、石村由起子な、自然と「人」が共存するビジョンの両方の未来的ビジョンを同時に描いています。おもしろいことに、MacにしてもiPadにしても、どちらのビジョンにもしっくりくるんですよね。

たかがモノ、されどモノ。来ては去り行く人の儚さに比べれば、モノは長く続きます。そのモノが、人間本位で作られなくて、誰が思い入れを持てるでしょうか。

iPadは、そういう思いを持って人が使い続けられるモノだと思います。

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