iPadのトラフィックがAndroidを抜いた?

TechCrunchのMG Sieglerが、TechCrunchのログ記録からOS別のウェブトラフィック状況を割り出したところ、発売からまだ1ヶ月足らずのiPadからのアクセスがAndroidからのそれをすでに追い抜いたとのこと。以下ランキング。

  1. Windows – 59.68%
  2. Mac – 27.78%
  3. iPhone – 5%
  4. Linux – 3.72%
  5. iPad – 1.18%    ←!!
  6. Android – 0.99% ←!!
  7. iPod – 0.67%
  8. (not set) – 0.54%
  9. BlackBerry – 0.28%
  10. SymbianOS – 0.07%

いやー、TechCrunch限定ですからなんとも言えませんが、ことウェブブラウジングということに関していかにiPadが使い易いか、ということを如実に示したデータだと思われます。面白い。

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次のAndroidはFlashサポート、そしてiPadを買ったルービン

今年の初め、Nexus One発表の折に、TechCrunchのMichael Arringtonが、ジョブズの後継者として(冗談半分に)グーグルのAndy Rubinの名前を上げていた記事を読んで以来、ルービンが気になっているzackyです。

そのルービンがAndroidの次のバージョンFroyo(=frozen yogurt) について、FlashをサポートすることをNew York Timesのインタビューで確約したそうです。以前は「必ずしもそうではない」と言っていたようですので、方針の変更したんですね。このあたりの機微はよくわかりませんが。

理由について “Sometimes being open ‘means not being militant about the things consumer are actually enjoying'”(開かれていることが「実際に楽しめるものについて消費者に対して攻撃的ではないことを意味する」こともある)とルービンは言っています。またAndroidフォンがいずれiPhoneやBlackberryを抜くか?という質問に対しても “I don’t know when its might be, but I’m confident it will happen. Open usually wins.”(いつになるかわからないが、いずれそうなる自信はある。「オープン」はいつも勝つんだ)とやっぱりオープン/クローズなアティチュードのポジショニングを意識的にしながら、アップルを「北」に例えたりと、結構言いたい放題です。

でも、このあたりがルービンの「オープン」なところなのでしょうか。妻のためにiPadを買った、と。敵情視察の事実についても隠し立てしておりません。iPadについては “a certain demographic that consumes more than produces”(特定の、生産より消費傾向が高い層)への牽引力があるだろうとして、新しいマーケットを創り出すというよりはラップトップマーケットに食い込んでいく形になるだろう、と予想しています。

でも、iPadを買う層を「生産より消費傾向が高い」と言ってしまうあたり、やはりジョブズとは全く異なるセンスの持ち主だな、と私のような文系人間は思います。ルービンはテクノロジーがテクノロジーを生み出す「生産」性をこの場合は明らかに意識していると思われます。でも、私のような人間からしてみれば、iPadが生産性に大きく貢献することは明らかです。私のように情報を取り入れ(=消費し)て、その情報を元に新たな情報を生産する人間にしてみれば、iPadは生産性に大きく関わります。ブログを始める前の私ならいざ知らず、ブログをはじめてからの私の生産性といったら、自分でも驚いているぐらいです。その生産性に寄与しているのが何を隠そうMacBook Airをはじめとしたアップル製品なんです。

最近のTWiTだかMacBreak Weeklyで、Leo Laporteが、たぶん誰かの意見にメンションして「オープンネスにこだわるのはギークだけだ」と言っていて、なるほどと思ったのですが、業界の「オープン」 vs. 「クローズ」対決、一体どうなるのでしょうか。

Nexus One の真の意図?

えーと、わかりにくい喩えかもしれませんが、敵地でタイトルマッチをして勝つボクサーのような強さを持っている相手でないと認められない、というスタンスを取るのがアップル信者になってまもない私としてはふさわしい態度かな、と思っています(但し、過去の私のモバイル遍歴は是非参考にしていただければ、とも思います)。

Nesux Oneの登場からもうすぐ2週間。発売後に手にした方々のレビューもいろいろと出てきはじめております。

意外だったのは最初の1週間の販売台数。ITMediaがFlurryを承けて報告しているところによると2万台ということです。これは同じくAndroidケータイであるMotorolaのDROIDの25万台と比べてもかなり少なめの数字。単純な数字の比較に意味がないのは確かですが、その後のムードを作ることも確かであることを考えると、ユーザーへのレスポンシブルではない現時点での対応なども含めて、Nexus One自体を「売る」ことが究極の目的ではないのか?と思える数字です。確かにGoogleなら売らずにタダでばら撒くということもしかねません。でも、やっぱり端末を売るとういことは、そうすることでどれくらいの収益が見込めるかを値踏みしていると考えられるのも確かです。そこで、同じくITMediaが報じているのは、Nexus OneがGoogleのハードウェアビジネスの端緒である可能性です。つまりこれからハードで収益をある程度上げていこうというGoogleの意志の表れがNexus Oneであると。しかしこれについてはアンディ・ルービンは否定していて、その理由はハードウェアビジネスが失敗した時にこれまで積み重ねてきたGoogleのブランドイメージに傷がつくからだ、という分析もしています。もしそうなら、ルービンの戦略は今のところ「功を奏している」ということになります。

Nick Bilton(最近なんだか彼の記事やビデオレポートによく行き当たります)はNew York Timesの”Torn Between 2 Phones: Nexus One vs. iPhone” という記事で、iPhoneに決別してNexus Oneに乗り換えるための決定的な理由を見いだせないことを述べています。O’Reilly MediaのTim O’ReillyやEtsyのChad Dickersonらのレビューを取り上げ、Googleのサービスを使うにはNexus Oneが便利だが、MobileMeやiTunesの連携も含めてアップルのサービスを使っている人にはiPhone がいい、と、それは確かにそうだとしか言いようのないことを言っています。

ご存知のように昨年末、AT&Tは一部ニューヨーク地域でのiPhoneのオンライン販売を一時見合わせましたが、慢性的なトラフィック不足の問題を抱えるAT&Tのサービスに不満を持つニューヨークのユーザーは多い。むしろiPhoneに見切りをつけようとiPhoneに代替できる機種を待ち構えつつもなかなか乗り換えに踏み切ることができないニューヨークのiPhoneユーザーの心境をビルトンは代弁しているようです。

ビルトンはSteve WosniackがNexus Oneを「最近の」お気に入りだと発言したことについても触れていますが、それでもまだ2台のiPhoneを持っているけどね、とウォズ自身が後に但し書きを加えたことにも注意を促しています。ウォズってアップルに対して多少辛辣な場合があってもなんだかんだ言ってフォローしていますし、そもそも彼はルービンが立ち上げた会社 Danger Inc. の役員に名を連ねてるんですよね。ルービンに対するリップサービスがあるのは、当たり前のことではあります。

さて。ここまでNexus Oneのことを考えてしまうと、さすがに少し使いたくなってきました。元モバイラーの血が騒ぎます。

だいたいですね、Nexus Oneという名前のコノテーションがヤバイ。Googleは無関係としているようですが、リドリー・スコットの『ブレードランナー』(原作はフィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』)に登場する、ロイをはじめとしたレプリカントの最終型 Nexus-6 のことを念頭におかないわけにはいかないネーミング。近年のアップルはどちらかというと、既存の物語がもたらす含蓄を意識的に排除するネーミングをしている印象がありますが、それに対してGoogleの含蓄ありありのこのネーミングセンスは、それこそかならず “Nexus Six” を出さいないと許されない、というような雰囲気をすでに作ってしまっているようにも受け取れます。ディック作品やその世界観に言及するということにはそういう「責任」がつきまとうのかもしれないと私的には思います(だからこそディックの遺族も無関係としているGoogleに対して疑念があるのだと思います。サポートの体制の問題とともに、権利にまつわる数あるGoogleの問題のひとつとして俎上に上げられそう)。

ところで、Nexus-6は最後はデッカードに倒されるんですよね。

考えれば考えるほどわからなくなるNexus One(を出したGoogle)の真の意図。こちらもこれからの展開が楽しみです。

<追記>

やっぱり考えるば考えるほど、Nexus Oneというネーミングはまずかったのではないか、という気がしてきます。あまりに含意がありすぎる。半ば直感に近い憶測になりますが、考え方次第では、学生のベンチャー企業(と言っては学生ベンチャーに失礼ですが)がつけそうな名前にも見えてくる。DROIDのほうがずっとずっといい。Googleの場合は、コンシューマ向けハードウェアのマーケティング戦略だけを見るなら、ジョブズの足元にも及んでいないんじゃないか、と本気で思ってきてしまいました。

でもあのGoogleのことです。私の浅はかな思考のはるか先にある何かを見据えているに違いない(と思いたい)。でも、発売後1週間の販売台数が示すところと言うのは、案外こういう消費者の直感みたいなものを如実に反映しているものなのではないのかな、とも少し思ってしまいます。