愛おしさの音

1997年でした。

それまでワープロで文書編集をしていたのですが、やはりそろそろ「パソコン」を使わないと、と思い立って最初に買ったのがPower Mac 7600/200。私とアップルとのつきあいはここから始まりました

ジョブズがアップルに復帰した年にMacを使い始めたことになります。でも当時は業界に関する知識などほぼ皆無に等しいものでしたから、そんなこと知る由もありません。ただ身近にMacに詳しい人がいたことが購入の理由でした。

7600/200を4年間使ったあと知人に譲り、iBook G3を買って6年ほどこれを使いました。1年ほどMacのブランクがあったのですが、2008年にMacBook Airで復帰。現在に至ります。

TechCrunchのMG SieglerがFacebook, The App Store, And The Sound Of Inevitabilityという記事で、現在のFacebookやApp Storeの状況もオープンなシステムとクローズドなシステムのサイクルの一部であって、閉鎖性を憂慮する声もあるが、心配することはない、と90年代のAOLの盛衰を引き合いに論じています。FacebookはOpen Graphがオープンとクローズドのバランスをとる形になっているし、アップルもHTML5そのものをコントロールしているのではない、HTML5はまだ成熟していないが、そのうち魅力的なアプリが自由に作られることになるだろうし、結果としてこれがApp Storeモデルを壊すことになるだろう、と、Facebookもアップルもいずれはオープンに向かうという予測をたてています。

「我関せず」ならば、こういう議論をフォローすることに意味を見いださないでしょうし、フォローする限りはやはりある程度業界の事情に通じていたい、という思いがあるので勉強もしているのですが、私自身の「パソコン」歴を振り返ったときに、原体験としてMacがあることは、それこそ “invebitable” なことだな、と、”The Sound of Inevitablity”(必然性の音)という映画『マトリックス』から引用したシーグラーさんの表現を見て思いました。

業界を俯瞰してみるならば、そういうサイクルで見ることができる。で、のるかそるか、で流れを読むことが死活問題な業界の方々に比べて、私がいかにのんきに、いち個人ユーザーとしてデバイスを使っているか、ということも自覚している。

でも、私個人という人間が一生のうちに使えるモノの数というのは決まっている。トレンドは大切ですが、使いたいものを使いたい。

シーグラーさんが「必然性」といってますが、『マトリックス』でエージェント・スミスがこの台詞を言うのは地下鉄での戦闘シーンでのこと。ネオを追いつめたスミスが迫りくる地下鉄車両の音をネオに意識させるために言います。でもその後ネオは “My name is Neo!” と叫んでスミスを返り討ちにするんですよね。つまり(少なくとも)このシーンでは「必然性」は跳ね返されてしまう。もちろんこの映画の最後では、ネオの物語もそれこそ運命の大きなサイクルのなかの一部でしかないことが暗示されて終わりますが、この台詞自体の謂いはむしろ「必然性」に抗うネオの強靭な意志にある気もします。

アップルがウェブやインターネットやその他の情報を覗く魅力的な「箱」を提供してくれる限りは、私はアップルを使い続けると思います。だって、あの「ジャーン」の音が聞こえなくなるなんて、私には耐えられないんですもの(笑)。さしずめ私にとってこの音は “the sound of indispensability”(絶対必要な音)といったところかもしれません。

アップル製品の寿命

身につけるものの流行とかにはとんと無頓着なzackyです。

無頓着なだけに、長く使いたい(笑)。だから長く使えそうなものを選びたいという頓着はあるんですけど。時計はオメガのスピードマスターをもう10年以上、カバンは基本コーチ、これは15年以上、靴は6年同じDr. Martensを履いていて、最近ようやく新しい(でも同じ型の)ものをおろしました。ジーンズはリーバイスの501、スーツは無印良品。メガネも気づけば7年目。たぶんメーカーが同じものを作り続けてくれるなら一生同じものを身につけてると思います。時計なんかは失わない限りは買い換えることもないでしょう。

で、今ではここにアップル製品が加わったわけです。MacBook Air、Pro、iPhone、iPod、iPad、どれをとっても、問題なく動いてくれる限りは、一生でも使っていたいと思うものばかり。

だから、どれくらい動き続けてくれるのだろう、と時折心配になる、というのはあります。

Apple Careの保証は3年だからこの間は心配なく使えるとして、それ以降はどうなんだろう、と。2008年にMacBook Airを買うまではそれなりのMacユーザーだったのでこのあたりの実体験に乏しいのですが、2002年に買ったiBook G3を2007年にバックライトがだめになるまで使い続けたので、少なくとも6年近くの耐久性は私自身で確認していることになる。もちろんバックライトを交換すれば使い続けられたので、まだ+αの期間はあったことにもなります。

The Apple Blogに Apple Hardware Longevity(アップルのハードウェアの寿命)というエントリがありました。筆者のJon BuysさんはiPod miniを数カ月前まで使いまくっていたそうなのですがついに動かなくなった(と思った)ので、興味を示していた2歳の息子さんのおもちゃにしたそうです。その後おもちゃと化したiPod miniはコンクリートに落とされハンマーと化し、お風呂のお供にもなったそうです。これほどまでにくたくたになってしまったデバイスを見たことがない、という状態にまでになったとき、上の娘さんが iHome Clock Radio にこのiPodを差したところ、なんと一度は壊れたと思って数カ月赤ちゃんのおもちゃとして酷使されていたiPodが息を吹き返した、というんです。これにはBuysさんも驚愕(astonished)したそうです。クリックが効かない部分があったりと、かなり傷んでいるとはいえ、iHome側からの操作は受け入れたということです。

この後Buysさんは読者のアップル製品長持ち武勇伝コメントを募集し、まだPowerPCが健在だ、Duo 230を最近使うのをやめたところだ、Newton、3年前まで動いてたよ、などといった報告が出てきています。

実は私、iPhone裸族なのですが、何度も落下させてます。立った状態から2度、コンクリートの上に落下させました。もちろん角に傷がついたのですが、無事でした。2度目に落としたときなどはさすがに諦めましたが、ラッキーなことに無事でした(決してマネはしないでください)。そして感心しました。

iPad導入後、立ち位置が微妙と言いましたMacBook Airですが、もちろん処分したりする気は毛頭なく、以前のiBookより長持ちさせたいと思っています。その他のものも、命ある限り使いたい。

アップル製品って、そういう思いを持ってしまいたくなるんですよね。なぜか。

皆様のアップル製品長持ちエピソードなどはありますか?

Macと「セレブ」な記憶

今日は神妙な気持ちのzackyです。

ブログをはじめて丸5ヶ月。WordPressに引越してから2ヶ月半。Apple信者宣言してから1ヶ月半。ブログを始めた当初は備忘録の域を超えることを想定していなかった拙ブログですが、WordPressに越してからのPV数が20,000を超えました。

まずは、私のブログの師匠Marrさん、そして当ブログのアップル関連記事をたびたび取り上げていただいておりますApple-Style 所長にお礼と最大限の敬意を示したいと思います。同時に、拙ブログをご覧いただいている皆さまに感謝。WordPressに引越してから、多くの方々にアイデアを共有していただいたということについて、やはり尋常ならぬ思いを私なりに抱いております。

(ここからはいつにもまして個人的な体験記ネタですので、お時間のある方のみお付き合いいただければ幸いです)

あらゆる状況を勘案し、今このような想像だにしなかった事態に至っていることの直接的な理由を考えるならば、私が1997年にPower Macintosh 7600/200を購入したことがそうであるのかな、と思います。Macを買った理由は、当時親しかった職場の同僚(先輩)に勧められたから。私にとってはじめてのパソコンでした。それまではワープロを使っていました。29歳でしたから、パソコンを手にした年齢としては遅い方でしょう。

私のアップルとの関係は、この時点で決していました。当時は知る由もありません。

実は、7600/200は4年ほど使い、知人に譲りました。

その後メインはWindowsになりました。でも、一度Macを使った人間にとって、Macは非常に重要な存在になる。私の最初のパソコンがMacでなければ、今の私はなかったかもしれない。あるいは、これだけ魅力的なマシンとなったMacとの出会いは、過去の経験がなくとも果たせていたかもしれませんが、過去にMacを使った記憶は、今の私にはとても重要なものであることは確かです。

7600/200はよくフリーズしました。使っていたワープロはNisus Writer(懐かしい!)。パソコン初心者の私はWindowsを使う同僚とのファイル互換に悩みました。思えば、ジョブズがアップルに復帰する前のMacです。ジョブズに言わせれば「ちっともそそらない」マシンが私の最初のMac経験だったわけです。

3年ほどで7600/200を手放しましたが、その後中古でColor Classic IIを手に入れたんですよね。実質的にはあまり使いませんでしたが、やはり何らかの形でMacは所有しておきたかったのかもしれない。

2001年にiBook G3を購入。2007年までだましだまし使っていました。でもディスプレイのバックライトがダメになって、自力で交換を試みるもアウト。1年ほどMacの空白期間ができました。

その間、次のMacについていろいろと考えました。身近なMacな人達はみなPowerBookかMacBook/MacBook Proを持っていました。個人的にはモバイラーの道を歩んでいたので、当時すでに12インチモデルが廃止され、13インチ以上+2キロ以上の選択肢しかなかったMacに、正直なところ食指が向かないというのはありました。だからPowerBookの12インチを中古で買うことをかなり真剣に考えていたのですが、ここで逡巡。

そんな私でしたから、2008年1月のMacBook Airの発表には非常に興奮しました。MacWorldの逐次レポートをギズモードで追い、満を持してMacBook Air登場、ジョブズのプレゼンが終わりアップルストアで注文が可能になるやいなや、私の指は知らぬ間に注文ボタンを「ポチ」。ポチッたのはSSDモデル。1時間ほどして、30万円超のマシン>>>>>日々の生活という現実ににわかに焦りをおぼえ、あわててキャンセルしてしまいました。それからは日々悶々としておりましたが、4月になって現実との折り合いがつくようになってから、無難にHDDモデルをついに購入し、晴れてAppleかえりを果たしたわけです。

そして現在は、MacBook Air、MacBook Pro 15″、iPhone 3GSが私の日常のすべてです。

残念なことに、私の7600/200の写真はひとつも残っていないんですよね。でも、あのときのオフィスの記憶、仕事の記憶、生活の記憶が、マシンの佇まいとともに不思議と思い出されてくる。それもすごくポジティブに。

iBook G3のことを思い出すときも、気持ちよい太陽の光とキラキラと川面に反射する光りを同時に浴びながら、当時住んでいた川沿いのマンションの一室で仕事をしていたときの部屋の様子や外の風景が目に浮かびます。別に高級な部屋とかそういうわけではなかったですが、いい部屋だったなあ、と今でも懐かしくなります。やっぱり当時も締切に悩まされていましたが、左を向いた窓の外にゆったりと流れる川を眺めながら、時折瞬間的に見えるアクアなデスクトップに心を落ち着けてもらっていたなー、などと思ったり。未だにアクアなデスクトップピクチャを使い続けてる理由は、たぶんこのときの記憶のせいかな、と今気づいたり。

Macって、別に経済的な意味でセレブな生活をしていなくても、記憶の質感を上質なものにする、不思議なものなのかもしれません。

記憶セレブ。あはは。

十数年後、あるいは何十年後かに、MacBook AirやMacBook Proのことを、どんな記憶とともに思いん出すんだろう。

きっと、今の生活の幸せな場面と密接に結びついた、楽しく美しい、良い記憶とともに思い出すにちがいありません。

Macにシフトしてから

MacBook AirとLOOX Pの間で悩んだ,ということは以前書きました。

今年のはじめ頃です。Macを選択した理由はわりと単純で,作業により集中できるのがMacだった,ということです。Windowsって,なぜだろう,私の場合,すごく遊んでしまうんです。遊ぶというか,デフラグとかディスクの掃除とか,仮想メモリとかバックアップ関係とか,目の前の作業以外のことにやたらと気をまわしてしまうんです。少しでもスピード上げようとか,そんなことしてるヒマあったら仕事した方がずっと効率がいいのに,機械のポテンシャルを発揮させようとして必死になるんです。Macでも,ある程度同じことをしないではないですが,OnyXでたまーにメンテナンスするぐらいです。それもめったにしません。あとはAirをHDD→SSDに交換した程度です。スクリプトなどをいじることもしません(あ,EMonsterのBluetooth接続で一回やりました)。したくなるような挙動がほとんどない。

それと,PowerMacの頃は,iBookの頃もまだそうでしたが,Windowsユーザとのファイル互換の問題が,Macをメインで使用することの大きな障壁でした。Leopardを使ってみて,この問題が,私が行う作業のレベルではほとんどなくなっていることがわかりました。もちろん事情は人それぞれで,図形などの処理を行う同僚に話を聞くと,Officeファイルなどではレイアウト崩れがあって,Macは使いたいけど諦めた,ということでした。

私の場合,MacBook Proを購入してからは依存度はさらに増し,職場にはDELLのデスクトップがあって出勤すると必ず電源は入れますが,作業はほとんどMacで行います。

自分で入れたアプリは名前順にAppCleaner, coconutBattery, DiDi for Eijiro, Disk for iPhone, Dropbox, Evernote, Firefox, Flip4Mac, Freedom, Google Notifier, iWork, Office for Mac, OnyX, Skim, Virtual Box, VLC, WinKforOSX, WMV Player, Xbench, Xmarks for Safari, XMind, コトノコ, Growl, MacFuse, MultiClutch, Synergy などです。