iPadのポテンシャル

このところiPadについてあまり書いていなかったのですが、iPadを使っていなかった訳ではありません。それどころか、これまで当たり前だったことがiPadによって当たり前でなくなってしまって、大きく環境が変化する可能性が出てまいりました。

iPad以前の環境は、MacBook Air=モバイル、MacBook Pro 15″=オフィス(メイン)、Loox P70=オフィス(サブ)、VAIO Type P=自宅(サブ)といったところです。

GW昼下がりの音楽とiPad

可能性その①。

以前も書いたのですが、iPadがあればこれまでMacBook Airでやっていたことのうちのかなりのことができてしまいます。日常持ち歩くモバイル機としてiPadとMacBook Airのどちらが私的に適しているのか。現状、毎日鞄に入れて持ち歩いているのはiPadです。軽いしバッテリも持つし、手軽なので。もしこの状態が続くのであれば、MacBook Airを(妻が手ぐすねを引いて待っていた)家で家族が共用するマシンとして位置づける可能性があります。

可能性その②。

iPadがモバイル、Airが家族共用、ということになると、出先で本気モードで作業するマシンが必要になる。

可能性その③。

現状で一番問題なのは、自宅でのメインマシンがないこと。時折Pro 15″を持ち帰り作業をするのですが、この機会に自宅でのメインマシンを導入?

ということで、明らかにiPadをきっかけとした(かつ私の物欲に忠実に沿った)3段論法に従いまして、なんとMacBook Pro 17″を先日アップルは心斎橋ストアにて購入してしまいました(私的な17インチレビューは後日いたします)。そして、②の出先で使えるマシンとして、15インチProを13インチProに化けさせることに決め、現在このプロセスが進行中。

そう。iPadのポテンシャルとは、まさに私自身のIT環境を大きく変化させるポテンシャルのことです。これだけ大規模に、私の情報エコシステムの再編を実現させたものはかつてなかった。しばらく(最低1年は)お小遣いなしだ、どうしてくれるiPad(笑)。

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愛おしさの音

1997年でした。

それまでワープロで文書編集をしていたのですが、やはりそろそろ「パソコン」を使わないと、と思い立って最初に買ったのがPower Mac 7600/200。私とアップルとのつきあいはここから始まりました

ジョブズがアップルに復帰した年にMacを使い始めたことになります。でも当時は業界に関する知識などほぼ皆無に等しいものでしたから、そんなこと知る由もありません。ただ身近にMacに詳しい人がいたことが購入の理由でした。

7600/200を4年間使ったあと知人に譲り、iBook G3を買って6年ほどこれを使いました。1年ほどMacのブランクがあったのですが、2008年にMacBook Airで復帰。現在に至ります。

TechCrunchのMG SieglerがFacebook, The App Store, And The Sound Of Inevitabilityという記事で、現在のFacebookやApp Storeの状況もオープンなシステムとクローズドなシステムのサイクルの一部であって、閉鎖性を憂慮する声もあるが、心配することはない、と90年代のAOLの盛衰を引き合いに論じています。FacebookはOpen Graphがオープンとクローズドのバランスをとる形になっているし、アップルもHTML5そのものをコントロールしているのではない、HTML5はまだ成熟していないが、そのうち魅力的なアプリが自由に作られることになるだろうし、結果としてこれがApp Storeモデルを壊すことになるだろう、と、Facebookもアップルもいずれはオープンに向かうという予測をたてています。

「我関せず」ならば、こういう議論をフォローすることに意味を見いださないでしょうし、フォローする限りはやはりある程度業界の事情に通じていたい、という思いがあるので勉強もしているのですが、私自身の「パソコン」歴を振り返ったときに、原体験としてMacがあることは、それこそ “invebitable” なことだな、と、”The Sound of Inevitablity”(必然性の音)という映画『マトリックス』から引用したシーグラーさんの表現を見て思いました。

業界を俯瞰してみるならば、そういうサイクルで見ることができる。で、のるかそるか、で流れを読むことが死活問題な業界の方々に比べて、私がいかにのんきに、いち個人ユーザーとしてデバイスを使っているか、ということも自覚している。

でも、私個人という人間が一生のうちに使えるモノの数というのは決まっている。トレンドは大切ですが、使いたいものを使いたい。

シーグラーさんが「必然性」といってますが、『マトリックス』でエージェント・スミスがこの台詞を言うのは地下鉄での戦闘シーンでのこと。ネオを追いつめたスミスが迫りくる地下鉄車両の音をネオに意識させるために言います。でもその後ネオは “My name is Neo!” と叫んでスミスを返り討ちにするんですよね。つまり(少なくとも)このシーンでは「必然性」は跳ね返されてしまう。もちろんこの映画の最後では、ネオの物語もそれこそ運命の大きなサイクルのなかの一部でしかないことが暗示されて終わりますが、この台詞自体の謂いはむしろ「必然性」に抗うネオの強靭な意志にある気もします。

アップルがウェブやインターネットやその他の情報を覗く魅力的な「箱」を提供してくれる限りは、私はアップルを使い続けると思います。だって、あの「ジャーン」の音が聞こえなくなるなんて、私には耐えられないんですもの(笑)。さしずめ私にとってこの音は “the sound of indispensability”(絶対必要な音)といったところかもしれません。

Macで作業効率を高めて成績も上げましょう

連休明けまでに終わらせるべきことが山積なのに脳が半休眠状態なzackyです。

半休眠状態な頭でも仕事がしたくなるのがMacのいいところ(?)なのですが、そういう生産性向上のメリットを現場に導入しようと言う賢明なリーダーがいるというのは素晴らしいことだと思います。

AppleInsiderによりますとあの「フィラデルフィア」チーズでおなじみのKraft Foodsが、仕事で使用するパソコンを自分で選ぶことができる裁量を社員に与える “Bring Your Computer”というプログラムを導入したそうです。

Everyone works differently. For some, a standard computer or laptop is just the right tool to get their work done. For others, a computer with a little something extra – a different operating system, custom hardware, more memory, etc. – is the best fit for their job.(仕事の仕方は人によって違います。一般的なデスクトップやラップトップコンピュータを仕事に活用している人もいれば、違うOS、カスタマイズしたハードウェア、より多くのメモリなど、少し特別なもののほうがいい、という人もいます)

なんだか往年の “Think Different” CMを彷彿とさせる文言ですが、クラフトフーズではこのプログラムが “best suited for employees who want to use a particular type of computer that isn’t currently supplied or supported by Kraft Foods, such as a Mac”(現在社内で供給・サポートされていないタイプのコンピュータ、例えばMacなどを使いたい社員にぴったり)であるとMacの名前をあげていて、事実上Macの使用を奨励しているようにも見えます。ほかにも在宅での仕事に合わせた環境を作りたい人なども対象としていていますが、いずれにせよ社員の仕事の出来不出来にコンピュータの選択が関わる、という認識を会社として示していると考えられます。

現状は米国内のクラフト社に限られるそうですがグローバル展開も視野に入れているとのことで、プログラム参加者はセキュリティや特定のソフトの導入などに関する一定のガイドラインに従うことを条件に補助を受けられるということで、Macな社員さんの成績がアップすること請け合いです。

ただ、作業効率を上げる目的ですから、生半可なスペックのマシンは許されません。UltimateなVistaか7のPC、もしくはSnow LeopardのIntel Macに2GHz以上のプロセッサと2GB以上のメモリを積んでいることが条件のようです。Macの場合はストアで新規購入するならばこれを下回るスペックのものはありませんから心配はないでしょうけど、旧モデルを持ち込む方は注意ですね。私の初代MacBook Air(Core 2 Duo 1.6GHz)はSSD換装でかなりデキる奴になってるんですけど、ダメですよね(笑)。

アップル製品の寿命

身につけるものの流行とかにはとんと無頓着なzackyです。

無頓着なだけに、長く使いたい(笑)。だから長く使えそうなものを選びたいという頓着はあるんですけど。時計はオメガのスピードマスターをもう10年以上、カバンは基本コーチ、これは15年以上、靴は6年同じDr. Martensを履いていて、最近ようやく新しい(でも同じ型の)ものをおろしました。ジーンズはリーバイスの501、スーツは無印良品。メガネも気づけば7年目。たぶんメーカーが同じものを作り続けてくれるなら一生同じものを身につけてると思います。時計なんかは失わない限りは買い換えることもないでしょう。

で、今ではここにアップル製品が加わったわけです。MacBook Air、Pro、iPhone、iPod、iPad、どれをとっても、問題なく動いてくれる限りは、一生でも使っていたいと思うものばかり。

だから、どれくらい動き続けてくれるのだろう、と時折心配になる、というのはあります。

Apple Careの保証は3年だからこの間は心配なく使えるとして、それ以降はどうなんだろう、と。2008年にMacBook Airを買うまではそれなりのMacユーザーだったのでこのあたりの実体験に乏しいのですが、2002年に買ったiBook G3を2007年にバックライトがだめになるまで使い続けたので、少なくとも6年近くの耐久性は私自身で確認していることになる。もちろんバックライトを交換すれば使い続けられたので、まだ+αの期間はあったことにもなります。

The Apple Blogに Apple Hardware Longevity(アップルのハードウェアの寿命)というエントリがありました。筆者のJon BuysさんはiPod miniを数カ月前まで使いまくっていたそうなのですがついに動かなくなった(と思った)ので、興味を示していた2歳の息子さんのおもちゃにしたそうです。その後おもちゃと化したiPod miniはコンクリートに落とされハンマーと化し、お風呂のお供にもなったそうです。これほどまでにくたくたになってしまったデバイスを見たことがない、という状態にまでになったとき、上の娘さんが iHome Clock Radio にこのiPodを差したところ、なんと一度は壊れたと思って数カ月赤ちゃんのおもちゃとして酷使されていたiPodが息を吹き返した、というんです。これにはBuysさんも驚愕(astonished)したそうです。クリックが効かない部分があったりと、かなり傷んでいるとはいえ、iHome側からの操作は受け入れたということです。

この後Buysさんは読者のアップル製品長持ち武勇伝コメントを募集し、まだPowerPCが健在だ、Duo 230を最近使うのをやめたところだ、Newton、3年前まで動いてたよ、などといった報告が出てきています。

実は私、iPhone裸族なのですが、何度も落下させてます。立った状態から2度、コンクリートの上に落下させました。もちろん角に傷がついたのですが、無事でした。2度目に落としたときなどはさすがに諦めましたが、ラッキーなことに無事でした(決してマネはしないでください)。そして感心しました。

iPad導入後、立ち位置が微妙と言いましたMacBook Airですが、もちろん処分したりする気は毛頭なく、以前のiBookより長持ちさせたいと思っています。その他のものも、命ある限り使いたい。

アップル製品って、そういう思いを持ってしまいたくなるんですよね。なぜか。

皆様のアップル製品長持ちエピソードなどはありますか?

iPadの立ち位置

iPadが来てからというもの、考えさせられていることがあります。

それは、現在の私の電子機器環境にどうiPadを組み込むか、ということ。

現在私は MacBook Pro 15インチ、MacBook Air、iPhone、iPadといったアップルな環境で作業の9割を行い、仕事場での要請も考慮してWinな環境(LOOX P70とVAIO Type P)を併存させています。Win機についてはあくまでバックアップ的な扱いなのでイイんですが、やっぱりこれまで常に時間を共にしてきたMacBook AirとiPadがどうしても競合してしまってます。それと、iPhoneの存在にまで影響を及ぼしているかもしれない。

当初iPadは、主に家で使うことを考えていたのですが、いざ使ってみるとかなり便利なことに気がつきました。私が普段Macで行っている作業のほとんどができてしまう。キーボードは当然Macのほうが打ちやすいに決まっているのですが、先日のキーボードインプレのように、iPadでかなり対応できてしまう。

それに、バッテリの持ちがいいんです。

私の場合はiPhoneがあるのでiPadをiPodとして使うことはありませんし、YouTubeで動画を長時間見るといったこともしません。主にメールやツイッター、ウェブブラウジング、文字入力などを外出先で必要なときにする、といった使い方だと、3・4日は平気でもちます。つまりバッテリ切れの心配が無い!

MacBook Airの最大の問題は、実用4時間程度のバッテリであったわけで、そのために私はHyperMacの外付けバッテリを買ったのですが、もしAirの代わりにiPadを携帯するようになってしまうと、この投資が無駄になってしまう! かなり悩ましい(笑)

それと、iPhoneでやっていた作業も全てiPadでできてしまうので、iPhoneには電話とiPodの機能しか必要なくなってしまう。

まだ使用開始から1週間も経っていないのでまだまだ可能性については未知数ですが、早速MacとiPhoneの間で自己主張を始めているiPadくんです。

Espérance DVで初代MacBook Airを快適に

久々に小技ネタです。

去年の7月、MacBook AirのHDDをSSDに換装しました。容量は80GBから128GBにアップ、起動時間も飛躍的に速くなりました。

換装当初はすべてにおいてキビキビと動作する様子に気を良くして、若干これがプチフリかな、と思える現象があるにはあったのですが、さほど気にしていませんでした。ところが最近になって、1~2秒間の引っかかりがわりと頻繁に出るようになった気がして、対策が必要だなと思いはじめました。

書込み回数の問題もあるし、以前WindowsのSSD機でramdiskを使ってプチフリ対策していたのと同様の方策はとれないものだろうか、と調べてみたところ、Espérance DVというramdiskソフトがあるのを知り、試してみました。設定はすごく簡単でした。こちらのリンクからEspérance DVのzipファイルをダウンロードし、解凍後にできたEsperanceDV.prefPaneという名前のファイルをライブラリのPreferencePanesフォルダに入れるだけです。OSはSnow Leopardですが問題なく動作しています。”MacやらiPhoneブログ”さんのこちらの記事を参考にさせていただきました。私の設定は次のような感じです。

今のところ、ブラウザのキャッシュをこちらに逃がしているだけですが、ブラウジングで発生していたプチフリ(というかマイクロフリーズという感じでしたが)は全くなくなりました。ページの読み込みスピードもかなり速いです。それだけでなく若干起動時間も速くなった気が・・・。

ただ、Safariのキャッシュフォルダの移動が私には非常に難易度が高いので、SSDプチフリ+寿命対策を施したMacBook Airでは今のところFirefoxを主に使っております。MacでFirefoxをメインに使うのははじめてですが、今のところ特に問題なく使えてます。以前は3本指スワイプが効かずに不便だったりしましたが、今はSafariと遜色ないですね。新しい発見でした。Firefoxのキャッシュフォルダ移動方法も”MacやらiPhoneブログ”さんのこちらの記事にありますのでご参考に。

どのようなSSDに換装したかにもよるとは思いますが、SSD換装後にプチフリが起こっているな、とお感じになられている方にはオススメです。それにSSDに限らず、ウェブブラウズの高速化という意味ではHDDでも効果があるものと思われます。もちろんこの手のソフトの導入は自己責任、ということで。

Macと「セレブ」な記憶

今日は神妙な気持ちのzackyです。

ブログをはじめて丸5ヶ月。WordPressに引越してから2ヶ月半。Apple信者宣言してから1ヶ月半。ブログを始めた当初は備忘録の域を超えることを想定していなかった拙ブログですが、WordPressに越してからのPV数が20,000を超えました。

まずは、私のブログの師匠Marrさん、そして当ブログのアップル関連記事をたびたび取り上げていただいておりますApple-Style 所長にお礼と最大限の敬意を示したいと思います。同時に、拙ブログをご覧いただいている皆さまに感謝。WordPressに引越してから、多くの方々にアイデアを共有していただいたということについて、やはり尋常ならぬ思いを私なりに抱いております。

(ここからはいつにもまして個人的な体験記ネタですので、お時間のある方のみお付き合いいただければ幸いです)

あらゆる状況を勘案し、今このような想像だにしなかった事態に至っていることの直接的な理由を考えるならば、私が1997年にPower Macintosh 7600/200を購入したことがそうであるのかな、と思います。Macを買った理由は、当時親しかった職場の同僚(先輩)に勧められたから。私にとってはじめてのパソコンでした。それまではワープロを使っていました。29歳でしたから、パソコンを手にした年齢としては遅い方でしょう。

私のアップルとの関係は、この時点で決していました。当時は知る由もありません。

実は、7600/200は4年ほど使い、知人に譲りました。

その後メインはWindowsになりました。でも、一度Macを使った人間にとって、Macは非常に重要な存在になる。私の最初のパソコンがMacでなければ、今の私はなかったかもしれない。あるいは、これだけ魅力的なマシンとなったMacとの出会いは、過去の経験がなくとも果たせていたかもしれませんが、過去にMacを使った記憶は、今の私にはとても重要なものであることは確かです。

7600/200はよくフリーズしました。使っていたワープロはNisus Writer(懐かしい!)。パソコン初心者の私はWindowsを使う同僚とのファイル互換に悩みました。思えば、ジョブズがアップルに復帰する前のMacです。ジョブズに言わせれば「ちっともそそらない」マシンが私の最初のMac経験だったわけです。

3年ほどで7600/200を手放しましたが、その後中古でColor Classic IIを手に入れたんですよね。実質的にはあまり使いませんでしたが、やはり何らかの形でMacは所有しておきたかったのかもしれない。

2001年にiBook G3を購入。2007年までだましだまし使っていました。でもディスプレイのバックライトがダメになって、自力で交換を試みるもアウト。1年ほどMacの空白期間ができました。

その間、次のMacについていろいろと考えました。身近なMacな人達はみなPowerBookかMacBook/MacBook Proを持っていました。個人的にはモバイラーの道を歩んでいたので、当時すでに12インチモデルが廃止され、13インチ以上+2キロ以上の選択肢しかなかったMacに、正直なところ食指が向かないというのはありました。だからPowerBookの12インチを中古で買うことをかなり真剣に考えていたのですが、ここで逡巡。

そんな私でしたから、2008年1月のMacBook Airの発表には非常に興奮しました。MacWorldの逐次レポートをギズモードで追い、満を持してMacBook Air登場、ジョブズのプレゼンが終わりアップルストアで注文が可能になるやいなや、私の指は知らぬ間に注文ボタンを「ポチ」。ポチッたのはSSDモデル。1時間ほどして、30万円超のマシン>>>>>日々の生活という現実ににわかに焦りをおぼえ、あわててキャンセルしてしまいました。それからは日々悶々としておりましたが、4月になって現実との折り合いがつくようになってから、無難にHDDモデルをついに購入し、晴れてAppleかえりを果たしたわけです。

そして現在は、MacBook Air、MacBook Pro 15″、iPhone 3GSが私の日常のすべてです。

残念なことに、私の7600/200の写真はひとつも残っていないんですよね。でも、あのときのオフィスの記憶、仕事の記憶、生活の記憶が、マシンの佇まいとともに不思議と思い出されてくる。それもすごくポジティブに。

iBook G3のことを思い出すときも、気持ちよい太陽の光とキラキラと川面に反射する光りを同時に浴びながら、当時住んでいた川沿いのマンションの一室で仕事をしていたときの部屋の様子や外の風景が目に浮かびます。別に高級な部屋とかそういうわけではなかったですが、いい部屋だったなあ、と今でも懐かしくなります。やっぱり当時も締切に悩まされていましたが、左を向いた窓の外にゆったりと流れる川を眺めながら、時折瞬間的に見えるアクアなデスクトップに心を落ち着けてもらっていたなー、などと思ったり。未だにアクアなデスクトップピクチャを使い続けてる理由は、たぶんこのときの記憶のせいかな、と今気づいたり。

Macって、別に経済的な意味でセレブな生活をしていなくても、記憶の質感を上質なものにする、不思議なものなのかもしれません。

記憶セレブ。あはは。

十数年後、あるいは何十年後かに、MacBook AirやMacBook Proのことを、どんな記憶とともに思いん出すんだろう。

きっと、今の生活の幸せな場面と密接に結びついた、楽しく美しい、良い記憶とともに思い出すにちがいありません。